井原市役所建設経済部商工課 昭和51年資料より
井原町 七日市町 上出部町 下出部町 笹賀町 高屋町 青野町 西江原町
享保11年(1726年)建立
2017年6月5日結願
井原市役所建設経済部商工課 昭和51年資料より
井原町 七日市町 上出部町 下出部町 笹賀町 高屋町 青野町 西江原町
享保11年(1726年)建立
2017年6月5日結願
1番 青岸渡寺(那智山寺)
善福寺(1397年)山門をくぐって右手
中央 井原西国観音1番
右 鹿苑院石塔婆
左 井原四国47番
前列 六地蔵
2番 金剛宝寺(紀三井寺)
やくし会館 薬師堂の左
3番 粉河寺
笹賀町 金鴫寺前
左側を200m登ると金敷寺(備中西国14番)
さらに山道を500m登ると中腹に金鋪寺
金敷寺
笹賀 天平文化の頃より一帯にあった12の坊のうち金庫坊、新之坊、池之坊、上之坊、西之坊の5坊が明治23年に統合して新之坊の堂宇に移り金敷寺となった。 備中国三十三観音7番 備中西国観音14番 境内周辺と金舗寺参道に百観音霊場
4番 施福寺(槙尾寺)
金鋪寺本堂(標高145m)石段の右側 78段の 石段を登ると廃寺南斗山金鋪寺(天平10年行基の開基。かつて山岳寺院として12僧坊が燦然と輝く様から金鋪寺と名付けられた)の本堂がある。麓の金敷寺、金鴫寺の2寺の共有とされている(裏山に弥生時代の墳丘墓がある)
笹賀八幡神社
笹賀町野崎 笹賀公民館西 44段と58段の石段を登る。 氏子は笹賀一帯で秋祭りに神楽が奉納される。5番へは神社の裏山を尾根伝いに400m登る。
5番 葛井寺(藤井寺)
観音山(標高150m)山頂 笹賀八幡神社裏から尾根伝いに約30分登る。赤いテープが目印。山頂より出部が見渡せる。5番より北上すると経ヶ丸林道八荒神に至るが、藪密集のため、もと来た道を下る。経ヶ丸林道からの参拝も困難。令和3年11月
八荒神社
経ヶ丸林道沿い 5番から400m北上 (この間は藪に覆われて北上困難の為引き返す:令和3年11月) 電波塔の脇に出ると道路の向かいにある14段の階段を登る。
6番 南法華寺(壺阪寺)
金鋪寺(廃寺)本堂の左横 台座に「享保十一丙午(1726)年四月初八日」と刻んである。金鋪寺の裏山から墳丘墓をへて観音山への道を探してみたが道の痕跡は無い。もと来た道を笹賀へ下山する。
宝篋印塔(280cm)
笹賀 川附荒神様から多田池を目指して120m登った多田観音堂東にある石塔。岡寺に由来するのか、あるいは金光寺跡かもしれない。ここからは山道が荒れているので注意深く登る(ブルーのテープが目印) 多田池からは経ヶ丸林道で7番岡寺に向かう。
多田観音堂
お堂の老朽化のため、多田観音様・法界・10基の万人講牛供養碑がお堂の後ろに造られた台座の上に祀られている。
7番 龍蓋寺(岡寺)
経ヶ丸グリーンパーク入口手前のヘアピンカーブ地点から山道を120m南へ下った中腹の多田観音堂内。江戸時代から祀られていたが、平成10年建立。本尊十一面千手観音の左手の七番札所の観音様がここにいつ頃から安置されたかは定かではない。
経ヶ丸観音
経ヶ丸(標高281m)山頂付近にあり7番岡寺と8番高山寺の間 文政12年(1829) 高山寺境内西国三十三所観音33番
8番 長谷寺(初瀬寺)
高山寺(731年創建)山門内の西側の前から八番目 標高180m (花の寺 末寺一念 三千寺 高浜虚子) 備中国三十三観音8番 高屋四国65~67番 70~76番 境内山門内側東西に西国三十三所観音霊場
9番 南円堂
高屋 東光寺(真言宗高山寺末)跡 境内奥に高屋四国88番
10番 三室戸寺(御室戸寺)
高屋町 法泉院(真言宗高山寺末 7坊の1)境内に高屋四国1番2番3番
丑寅(艮)神社
笹賀町鯨 嘉永6年(1853年) 境内に地神 グリンパーク遊歩道近く。
11番 上醍醐寺
笹賀 銅観音堂左横
高橋工業(株)横路地を登る
12番 正法寺(岩間寺)
下出部町 大曲でんぐら堂内(薬師庵跡)旧山陽道では江戸時代に単調な旅に変化を付ける為に大曲がつくられた。
岩屋十一面観音堂
岩屋観音院(標高120m) 井原線いずえ駅下車 出部子供会公園の右竹藪を抜けて岩屋山を600m登る 登山道の痕跡が少ないので近年参拝者は殆ど無いようだ 道沿いの5体の阿弥陀仏が道しるべとなる。
13番 石山寺
岩屋十一面観音堂の左側 ここより東へ30m奥に摩崖仏、奥之院、石鎚神社がある。
14番 園城寺(三井寺)
下出部町 廃寺常福寺跡 ブロック造り
里程標と小塚荒神社
下出部 兵庫県境の三石まで23里14町と刻されている。旧山陽道沿いの出部には多くの石造物や神社がある。題目碑、舟夜燈、恵比寿様など、これらは往来がさかんな街道沿いで人の目に触れることを意識して建立されたのかもしれない。小塚荒神社1774年
一里塚跡
下出部 備中国これより真金一里塚(吉備津)まで10ヶ所の一里塚がある。街道の両脇に小山が築かれ松などが植えられていた当時の姿は真金だけだ。次は青木、毎戸、矢掛、川原谷、箭田、川辺、西郡、新庄、真金。(ほとんどが石碑のみ)
15番 観音寺(今熊野観音寺)
上出部町 山際観音堂 平成13年(2001年)再建
16番 清水寺
上出部町 山際観音堂 平成13年(2001年)再建
後方高架は井原鉄道(大正2年~昭和42年井笠鉄道 1999年平成11年井原鉄道開業)
岩山神社
出部公民館横の山際 6世紀前半に吉備津神社巌山宮より御分霊。氏子は出部一帯。お祭りは10月第三日曜日。写真は前日のお祭り。
庚申橋
上出部町 橋のたもとの石柱に元禄5年とあり、その頃庚申の日の夜は眠ると命が縮むと恐れて村人たちが集まって夜通し起きていたらしい。岩山神社の前を流れる川に木の橋が架かっていたが、現在の橋は昭和36年に完成した。向かいは出部小学校。
出部幼稚園
上出部町 出部小学校の東隣
出部小学校
上出部町 2019年5月運動会
17番 六波羅蜜寺
上出部町 吉井川観音堂
後方は出部小学校
18番 頂法寺(六角堂)
七日市町 武速神社本殿北 天王山大師院境内 台座に「きょうと十八番六角堂」と刻まれている。観音堂の南側の石造物の右端には「念仏一百萬遍」(高さ120cm)とある。
武速神社
七日市町 平安時代中期の長保3年(1001年)創建 社殿は天保15年再建 厄除けの神 武運長久の神として崇信が厚い。地名の七日市は門前に発達した市に由来する。
旧山陽道
七日市宿本陣跡近く 江戸時代参勤交代の西国大名が往来した主要街道 笠岡往来(笠岡・井原・成羽)の一部でもある。
19番 行願寺(革堂)
七日市町 後方は日吉橋
日芳橋
県内最古のトラス橋「日本の近代土木遺産」大正15年 最初の架橋は安政4年 橋のたもとは旧山陽道の川渡し場跡
20番 善峯寺(よしみねさん)
七日市町 天王坂登り口の西側
21番 穴太寺(穴穂寺菩提寺)
日限地蔵左
広島銀行井原支店向かい
井原四国38 青野四国45同じ
22番 総持寺
常楽寺境内左
井原四国42番 43番同じ
23番 勝尾寺(弥勒寺)
井原高校南髙地校舎北
井原四国48番同じ
24番 中山寺(中山観音)
井原高校南髙地グランド山手
25番 清水寺(播州清水寺清水さん)
光普院入口 井髙北髙地山側
井原四国55番同じ
26番 一乗寺
本町 庚申堂の前 常念寺東側
27番 圓教寺(西の比叡山)
清迫 廃寺長徳寺跡
井原四国84番同じ
28番 成相寺(成相さん)
清迫 郷照寺 右側地蔵堂
左は井原四国78番
29番 松尾寺(まつのおさん)
岩野観音堂横
井原四国8番と同じ敷地内 左端に 遍路道を示す石碑 次の北山山頂の正覚院31番へは井原四国遍路道経由は登山道が分かりにくいので自動車道で迂回して31番へ行く順路もある。
30番 宝厳寺(竹生島宝巖寺)
昭和橋南袂山際
石鎚神社備中鬼石組遥拝所右
井原四国75番同じ
31番 長命寺
北山(標高210m) 正覚院本堂北 青野四国44番右隣 境内に四国八十八ヶ所霊場
32番 観音正寺(仏法興隆寺)
寺戸 寺戸庵のブロック塀際の大師堂 寺戸庵内には江原町四国31番と33番
正脈寺
北山町 曹洞宗 青蔭城跡西ふもと
33番 華厳寺(たにぐみさん)
北山町
曹洞宗正脈寺境内を本堂に向かって左へ50m