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 心のことだま

心のことだま
ほほえみ編

 

心のことだま

 懸命なとき迷うとき様々な場面をあなたは歩いています。
 ふと「心のことだま」を読んで心に風をよびこむ。
 情景は心に広がって、広がる心に新たな景色が生まれる。
 人らしく心ある生き方をしようとするあなたのために・・・
   大祝(おおほうり)猪岡鷹壌


2019年2月17日(日)
「その練習して、それが判るようになるの?。」

「その練習して、それが判るようになるの?。」




 というような質問を会話の途中に受けることがたまにある。




「自分は判るようになったし、先達達も判るようになった人が多いです。」




 とこたえるようにしているが、とりあえず肯定の言葉を出しても顔はまるきり信じていませんというような表情。




 仕方が無いと思う、まるでわからない感覚だし、さらにはあれを感じたいやらあれをやってみたいと思っている時期には全く掠りもしないのだから。

 

 判らない自分だからとにかくやり続けるしか無いと、自分に言い聞かせて、人に自慢するわけでも無く、自分でやっていることなので誇れる物でも無く、ただ単に「これを実践することが道」とでも思って黙々とやる。




 そうして得とか、得れる物とかそういう欲心から少し外れてくる期間そう、人によっては一〇年二〇年・・・

 場合によっては一生わからない物。

 しかしやり続けること。



 馬鹿になりきって道を修めていくこと。

 これがコツだし自分はそれ以外のコツを知らない。


 まだまだ深めていきたい。

 偉大な先達達に恥をかかせてはならぬ。

 受け継ぐ物をただしく会得する事を心して。


2018年12月09日(日)
「人生を深く意味のある物とし続けたい」

人生を深く意味のある物とし続けたい。

事象に前向きで向上の意味があると考えられる事が大事なのではないかと思う。

複雑に絡まった事象を前に「嫌だ」と思えばそれは単なる障害物、しかしその複雑に絡まった物を扱うことができるのは自己の「誉れ」だと考えられればそれは成長材料。

利益や楽ができるという部分に重点を置く人もいるが、そういう考え方をする人を見て人生の内容的に損をしているよなと内心思っている。



2016年8月15日(月)
「あいづちなどの何気ない癖が運命を左右している」

「あいづちなどの何気ない癖が運命を左右している」

 気をつけてゆくのは会話の内容だけではなく、相づちや会話の停止するその少し前の癖が重要な場合が多い。
 相手が話しているなかで、好意的な反応に感じる相づちや小さな同調的反応は、非好意的に感じる相づちや反応にたいして大きな差が生じる。
 
 また日本語の場合、語尾調子の上がり下がりは重要であり、おなじ文言であっても全く違う意味に相手は感じてしまう。
 たとえばテストの点数で七十点を取ったとする。
 会話上で相手が「今回のテストは七十点だった」といったとする。
 それに対し「七十点だったのか」という言葉で返したとして、以下の問題に気づく必要がある。
 「七十点だったのか」という語尾を明るく上がり調子で言葉を発した場合は前記の言葉の後ろに「それは頑張ったね」という風に聞こえる可能性が強く、反対に語尾が下がった場合は「全然できていないではないのか?」という否定的な感じとなってしまう。
 聞き手側が考えている以外の感じ方を相手に与えている場合があり、相手の話を聞いている相づち的な会話で否定感を感じさせ、その後の会話で肯定的な会話をしたとした場合、あいてはどちらが本当かわからなくなってしまい結局不信感が出てしまう可能性がある。
 
 会話全体でどのように相手に感じさせているのかを精査してみると意外なところに意図しない方向に感じさせる癖がある場合が多い。
 精神的に鬱屈している人の場合は、肯定も否定もしようとしていないのに否定しているように感じる場合があり、それは話を聞いている合間の相づちや同調仕草などにも否定感を出してしまう。
 また会話の意図を聞いていない場合も多い。
 
 このあたりの自己の見直しをすると運命の行く方向もより選ぶことができるのではないか。

2015年12月12日(土)

真心は真の道の切符です。
 
貴方は真心が欲しいですか?
 
それとも不誠実が良いですか?
 
して欲しいことを人にすることが一番の近道。

2015年11月28日(土)

お参りしたときは真心にて神にお祈り。
 
真心が神に通じるのです。
 
懸命に雑念無く祈っている姿に神様も動かれます。
 
そういう祈りをおすすめ。

2015年10月30日(金)

一歩づつ一歩づつ
楽しい時も苦しい時も慌てている時も
両手をいっぱい広げてもう少し先までは届くけど
無理をすると後が続きません。

なまけた言い訳にしてはいけないよね。
と、自分に言い聞かせてみる。

最大限よりもう少し先まで・・・
いつも挑戦し続けること。

 

2015年10月23日(金)

田舎って何もないけど沢山あるね。

人それぞれ感じ方はあるけれど、ないと思ったら何もないし

あると思えば無数にある世界。

町では簡単に手に入るものも、入手自体が簡単ではなかったりするけれど、

持たないということで物から自由でいれるのも事実。

無いとなれば自分で作る。

作るのがいやだったら無いという苦しみ。

作る楽しみを知ればそれは人生の豊かさ。

住めば都も住み方があるようだね。

2015年10月16日(金)

お参りをして自分の魂の玉を磨(みが)く。

今まで見えなかったことが見えてきて、許せなかったものが許せるようになる。

人生は広がり幸は多い。

神々に向かい続けるとそういうふうになる。

2015年10月2日(金)

同じ景色を見ていても
同じように見ているわけではない。
 
同じものを見ているようで
同じに見えているわけではない。
 
同じ部屋を見ていても
白に気がいっている人ならば白を認識して
黒に気がいっている人は黒を認識する。
 
同じところにいても同じにならない。
 
人は見たいものだけ見るのだから。。。
それが人の性。

2015年9月26日(土)

恐れをなくすことはできないのです。
それは人間だからです。
生命保存の本能が自然とありますから。
 
恐れがあること自体を捨て去るのは自己否定です。
恐れを制御することが大事。
 
自己を受け入れるとはできないことを、できないものとして捉え、できない自分を許しつつ、制御して最適化すること。。。

2015年9月18日(金)

和源参りは心のお稽古(けいこ)。
 
お稽古は信じる心、人を見る心、祈る心、かえりみる心、慈悲の心を育てます。
 
人を変えようとするときそれは欲心が大きくあり。
 
自分が変わっていこうとするとき慈悲の心があふれます。
 
慈悲の心は知らないうちに周囲に伝わっている。

 

2015年9月11日(金)

同じような状況で同じようになる。
 
それを因縁と言います。
 
悪い因縁ならば、それを解いたほうが良い。
 
習慣になった因縁は、自分だけでやれば直すのに性根がいります。
 
因縁(いんねん)解(と)く道は和源参りが一番良い。
 
因縁に惑わなくなったと感じたら、お参りを人に伝えてみなさい。
 
良いことを人に伝えると「おかげ」をいただき、人が直っていくと感謝の思いが貴方の「功」となります。
 
まずは参ってみるのがよいでしょう。
 

 

2015年9月1日(火)

和源の三柱の大御神は現世(うつしよ)・幽世(かくりよ)全てに愛をそそいでおられる。
 
たとえ悪魔にとらえられ地獄(じごく)に落ちようとも和源の大神に祈れば、救いの御光あるものと覚えておくが良いでしょう。
 
正しい神とはそういうものです。

 

2015年8月11日(火)
青き大地より

「青き大地より」

満月が照らす黒き大地のように
晴天がてらす赤き大地のように
永遠に見守るでしょう

時が来たれ
この体を去り
元の神となりて

それは気の遠くなる年月の中から
未来のかなたから
過去の行方の先より

あなたの行いを見守りましょう
あなたの心を見守りましょう

美しきものも
汚きものも
いとしきことも
争いも憎しみも
そして許しあうことも


大地を油で固めてしまっても
あなたの立つ大地より
とどかぬ声は揺らめき
風と変わって
一途にあなたを見守り続けるでしょう



貴方たちの行いを許しましょう
しかしすべてを忘れることなく
永遠に見守り続けるでしょう

時が来たれ
大地の男神は
古のくびきを放ちて

神をだましたことも許しましょう
古のはじめの約束も
過去のかなたより

おろかなことも
かしこきことも
やさしきことも
あわれなことも
そしてむつみあうことも


水の色を怒りで固めてしまっても
あなたと共にあるかぎり
くびきをすりぬけ
あなたと共に
一途にあなたを見守り続けるでしょう

それが定めだと
あの場所にそっと石を置いて
永遠に見守り続けるでしょう


あなたたちの行いを
見守り続けるでしょう


2015年1月23日(金)

神に祈れば心安らかになる
 
安らかを感じたならば和源の神様のお札をいただいて帰る
 
家の清浄で目線より高い位置にお祭りをする
 
朝晩自分の行いを一度見直して後に手を合わせてみる
 
家族も同じくできるようになれば、心はさらに行き交う
 
自分の行いを家族で打ち明けて、神様に手を合わせる
 
家内の幸せが絆となる

2014年12月26日(金)

人とぶつかってしまうと気付いたならば神様へお参りなさい。
 
心が固まってしまって、がちがちになっていませんか?
 
固まった心では人とぶつかって人生も固まってしまうもの。
 
砂漠のように乾いて固まった心に、慈悲の神光をいただきに。
 
神様の慈悲の光は砂にしみこむように、固まった心に。
 
神前で両手をあわせて懸命にお祈りをしてみましょう。

 

2014年12月17日(水)

和源(かずみな)のお話を聞くと固まった心がしだいに解けていく。
 
神様や人としての大事な話を聞けば、自分が見えてきて至らなさに気付く。
 
一番大事なのは神様の波動で神光です。
 
気付いても心は固まっています。
 
固まった心に神様の慈悲の光を心にいただく。
 
花に水、心に神様の光。

2014年12月12日(金)

良い言葉は、いたるところで聞かれるが、和源(かずみな)の言葉は、心に響くと聞くことがある。
 
それは真心で話をしているからです。
 
心の栄養になるお話しをしましょう。
 
不義を観てはそれを正しましょう。
 
良き行いを聞けば共に喜びましょう。
 
真っ直ぐに向かうことはとても大事です。
 
それが神の道です。

 

2014年12月5日(金)

なかなか良い人が来ないと思うならば、まだ心のお清めが足りません。
 
不足を思う人には、心の目配りが足らない人が近寄ってきます。
 
神様へお参りして心のお清めが進むと、有難い気持ちが大きくなり不足を感じなくなります。
 
ありがたい気持ちは「あたたかい」
 
暖かい人に心ある人が近寄ってきます。

2014年11月27日(木)

神参りに迷いが出たならば、自分を見つめなおしてみよう。
 
利益になる、ならないと考えてはいませんか?。
 
欲の心があると、貴方の魂が神様にたいしてはずかしい心を持っていると訴えかけています。
 
人のために動く人に、人のためを考える人が来ます。
 
欲心を先にする人には、自分のことを先に考える人がよってきます。
 
どちらが幸せなのでしょう。
 
そういう心の幸を神様は下さっています

 

2014年11月19日(水)

今までの自分ではなく日々新しく清々しく生きる知恵がお参りにて授(さず)かります。
 
神様に会いに行く道すがら、自分の行(おこな)いを見直してみる。
 
神様の前で静かに手を合わせる。
 
心静かで雑念無ければ神様の神気(みき、または、しんきと読みます)を感じ、心に神様の光がさします。
 
お社からの帰りには人にしてあげたいことを考えてみる。
 
喜ばれることと支えてあげることを考える。
 
神様の前に自分を運んだからこそ一段と深く人のことが考えれる。
 
幸せな心のありかた。

2014年11月13日(木)

神様へのお参りは日々の改まり。
 
改まり自己を見つめなおす者が幸せへと歩いてゆく。
 
人との間に幸せがある。
 
自分にとって無駄と思うことが人にとって大切なこと。

改まって自分を見つめてみる。

幸せの足音が聞こえてくる。

2014年11月3日(月)

子供は与えられるだけの存在。
                              
大人は与える側に回る存在。
                               
子供が手伝いをしてくれる、それは一つ大人になっている足跡。
                               
両親と書いて「りょうしん」と読みますが、これは「良心」という意味もあるのです

2014年10月7日(火)

「人」と「獣」の違いは良心を大事にし、善なる魂を信じる者が人なのです。
 
人がこれを忘れたとき人の形でありながら獣となる。
 
人が良心を忘れたとき周囲の人が地獄を味わいます。
 
そうして最後に孤独がやってきます。
 
一番大事な心は人の事を思いやる良心です。

 

2014年9月27日(土)

暖かい心の要素は
 
・謙虚
 
・素直
 
・いたわり
 
・気遣い
 
・勇気
 
 謙虚さは自分の心の限界を乗り越える「発見」をもたらしてくれる。
 
 素直は間違いに気付いたとき、早い立ち直りをもたらしてくれます。
 
 また素直さは人の言葉を聞く耳を持つ事ができます。
 
 いたわりは人を幸せにする事ができます。
 
 いたわりの心は人間である証明です。
 
 気遣いは人の絆を深め、信頼をきづけます。
 
 気遣いは貴方の心のあらわれの形です。
 
 勇気はみずからの至らなさを乗り越え、未知の出来事に挑戦していける力です。

 
 

2014年9月13日(土)

技術や労働力だけを買ってもらうのが仕事ではなく、みずからの人間性を高め、心を添えるのが道です。
 
機械に心はなく、心は人のものなのです。
 
正しく善なる心は、暖かく善良な人が近寄ってきます。

 

2014年9月5日(金)

できなかった事に挑戦し、できなかった自分の心を育ててゆくのは神様は微笑まれます。
 
人の心を優しくすること、人の心を元気づけること、人を豊かにすることはとても神様は喜ばれます。

 

2014年8月27日(水)

仕事とは賃金を稼ぐだけのものではなく、自分を磨き、魂を成長させるもの。
 
お金だけで世の中を見ていくと正しくお金の奴隷になるのです。
 
欲に負ける人生は結局、負けの人生。
 
神様と魂を一番にするのが正しく欲を二番にするのが、正しく欲を制御する力を授かります。
 
神様の慈愛を受け取れるあなたへ。

2014年8月20日(水)

物を粗末にする心を見直しませんか?。
 
物を粗末にしているものは自分を粗末にしているのです。

物には命があります。

命は神々そのものです。
 
神々を粗末にする者は「吉運」など来るはずがありません。
 
一つ一つを大切にしていくこと。
 
手に取るすべてに神々はあるのです。

2014年8月15日(金)


 「心の養いは、正しく心の傲慢を和らげてくれます。
 
 心の養いは、正しく謙虚さを育ててくれます。
 
 心の養いは、正しく不足の心に気付かせてくれます。
 
 心の養いは、正しく気遣いを育ててくれます。
 
 心の養いは、正しく人の優しさに気付きます。」

 

2014年8月12日(火)

「真とは何でしょう?
 
真の生き方をしていれば、心の姿は顔にあらわれます。
 
真の生き方をしていれば、心の姿は話し方にあらわれます。
 
真の生き方をしていれば、心の姿は笑顔にあらわれます。
 
真の生き方をしていれば、心の姿は生き方にあらわれます。
 
真の生き方とはどのような生き方なのでしょう?
 
正しい真の生き方とは善なる魂の中にあるのです。」

 

2014年8月6日(水)

 「仕事とは「するべき事」に「仕える」という意味で、人として生まれ、経験し学んでいく修行場。

 その修行場を得る事のできた貴方。

「するべき事」に「仕える」ことを学ぶのです。

 仕えるのは人の仕える意味ではなく自分の良心に仕えるのです。
 
 良心を神様はいつも見てくださっています。」

 

2014年7月30日(水)

 「不満をつぶやいていませんか?。

 不足は当たり前のもので足りるという事などないのです。

 不足を当たり前のものと思ってください。

 そうすれば不足などありません。

 不足に不満を言うことより、自分を磨いてゆくほうが未来は明るい。

 不満や愚痴をいう人より、正しく真実に歩いていく人間は素敵です。」

2014年7月22日(火)

「うわべだけつくろって、うわべだけで生きていませんか?
正しく神様は貴方の行いをいつも見ておられます。

計算づくの頭を持っていたら欲の心は相手に伝わるもの。
正しい心はなんでしょう?。」


 



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