和源お稽古

 和源お稽古コンセプトA

 さて和源のお稽古ではどのように、いにしえの知恵を活用しているのでしょうか?、そして新しき追求をしているのでしょうか?。
 いにしえの知恵をお話しするにあたって一つの良く似た共通性のお話をいたします。それはイングランドにおいてお城に住んでいるような家でよくある躾けの一環です。その躾けが日本の武家社会にあった行儀見習いと共通する物もあるのです。
 では英国のお城に住んでいる一家の一こまのお話です。お城に住んでいる息子や娘は城下町(昔の感覚でいうとですよ)のホテルや英国式のバーなどで働きに出すことがあり、その心得は城に居ればメイドやボーイなどが給仕やそのほかのことをしてくれますが、してもらえる立場ではわからないことを、あえてサービスする立場の経験をさせてみようというものであり、そのうえでマナーにおける呼吸を別の立場から学ぶというものです。自家では学べない事をまなぶ方法として日本の武家社会では他家へ行儀見習いという制度がありました。
学ぶとはその本人のためになされる事であり、後々のための準備です。この後々の為の準備を近頃の家庭では軽視しているように感じます。何故ならば苦しさより楽しさを与えようとしている親御さんがお話を聞いてとても多いです。
子供に対する本当の愛情とは何でしょうか?、親が子供と幸せを感じることでなく、自分がいなくなっても大丈夫なように育てる事ではないでしょうか。愛とは楽しいことや蜜のように甘いものではありません。常に相手のことを考えるのが愛です。
もう少し深く語ろうと思います。貴方が公正で知性ある方だと信じます。
戦前の特に江戸時代の武士や明治期の人々は国際社会で紳士であり日本人としての信頼ある行動をしていたことが記録に残っています。この存じない方は調べてみてください。司馬遼太郎さんや黄文雄さん(台湾出身)などの方々の本がよろしく思います。
なぜ戦前の人々は異文化の中で輝いていたのでしょうか?、それについて論考があります。江戸時代の基礎的道徳教育、武士道教養、宗教観などが日本人の性質にあっていて、さらには高度な道徳性や自然な宗教観からみちびきだされた人間観などが土台にあったためと考察されます。このことはわたくしの体験からも言うことができます。大阪修行時代に知性的なインド人「ナビン・シン」という青年を小さな私の家に三ヶ月間預かったことがあります。家伝や神道の研究者として切磋琢磨していた私はナビン・シンと論議を交わすことがありました。そのなかで忘れもしない事を彼はいったのです。「WWU(第二次世界大戦のこと)以前は凄い日本人がたくさんいたと、先輩たちから聞いている、今の日本人、男弱そうだし、女頭悪そう日本人信用されないよ、でも猪岡さん貴方は違う、先輩から聞いていたサムライね。やはりサムライファミリーの人違うね。」と。この言葉を聞いてうれしい反面、奈落のそこに落とされた気分であった。なぜなら異文化の人間に信用されない人間力の人々が多数であれば、日本の未来はとてつもなく暗いものだと・・・。しかしここでいいたいのは、伝統的な考え方の私が異文化の青年に信頼されるということです。
今ではいにしえの知恵を継承し新しさを追及する事が、異文化の交流の中でも立派であると思っています。


お辞儀の仕方のお稽古風景



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