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第一章 社会民度の低下 第八節 「朋友の崩壊

 十代、二十代の人たちとも、もちろん話をする機会がある。
 話を聞いていて気になる事がある。根拠も無く無差別に他者を見下す傾向があること。経験不足からくる妄言と最初は思っていたが、連続してその傾向が大なり小なりと出てくる。
 同世代の友達間でも差別的な心根で見ている場合があるようだ。
 わたしの体験した十〜二十代、場合により三十代の、それらの話を整理してみると、

@ 根拠無く他者を見下す傾向。
A 根拠無く何かをなしとげる自分の妄想。
B 支援者もいない状態での誰からかの当然なる援助または救い。
C 自己能力の過信
D 辛抱強く物事をなしてゆけない。
E 金銭が力の全てだと勘違い。
F 人間関係という力を理解しない。

 などがあげられる。
 以上にあげた複数個の項目に当てはまる人が多くなってきている社会はどのようになっていくのか、想像を働かせる以前の見えている未来社会像だ。
 自己の力量が見えていない、古い言い方ならば「分をわきまえない者」となるわけだが、そのような者たちの友達関係など薄い関係となってしまうのは道理であろう。
これから先、単純に予想しただけでも困難な時代になるのは目に見えている。困難な時代に自己の力量を知らず自分は優れていると勘違いをしていて、誰かが助けてくれてやがて金持ちになるなどという妄想者同士がいれば、やがて奪い合い憎しみ会うこととなって行くだろう。
友達関係はある意味微妙な力関係を持っているともいえる。
力量の見えていない人(見ようとしない人)はある意味、精神的に幼稚であり成長しようとしない。ここでいう成長とはお金を貯めるなどという意味ではもちろん無く(そのように曲解した人がいたが)、人徳と人間力の向上という問題です。
 自己過信妄想者は自分が何で出来ているのかを知らず、物を作ることを知らず、生活を形つくっている物がどのようにして成り立っているのかを「智らない(頭では知っていても実感が無く感謝も無い状態の知らないの意味)」ゆえに、有限の物質世界において夢幻の妄想を実生活に重ねている。
 もし自分に上記にあげた項目に当てはまると感じたならば、まずは自分の「したいこと」「出来ること」を先ずは書き出してみてそれを出来るのかどうかを勘案し、自分の力量を自己観察する機会を持つが良。
自己を平静に見つめるものは己に打ち勝とうとする勇者であり、たゆまぬ自己格闘は汝に内なる勝利をもたらすであろう。
 もし貴方の周りに自己過信の妄想者と思われる人がいるならば「敬して遠ざける」のが良い。利害関係が薄い時期にはたいした問題は無いが、人生の勝負どころや大切な場面で問題がおこる可能性が高い。
 貴方は大切なものや守りたいものがあるならば、人徳を磨き人間力を成長させ、人間を見る力を養うが良い。
人徳を磨こうとすれば、人のあり方を学ぶことになります。
人のあり方を学べばすなわち人を見る目を養うにつながるのです。
真実の朋友を見つけること。
それが貴方の人生をより豊かにするでしょう。