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第一章 社会民度の低下 第六節 「心情の崩壊」

 感受性の高い貴方なら感じるだろう。
 相手を思いやること、さりげない気遣い、堂々とした行い、恥じる心・・・美しい日本的心情が薄れ、そういった美を社会に感じなくなっている。社会を構成している多くの人々の中にそれらが薄くなってきている。美が薄くなり利や保身の心が増大し、実際にある金銭物質より何か圧迫した空気を感じるだろう。このぎすぎすした空気こそは、日本社会における下流社会の増大現象であり精神的に余裕の無い社会となりつつあるといえる。
 人として当然と思われる善良な意識、心情の崩壊を早めているその大きな要因は、だらだらと楽をしたいという意識が大きくなっているからである。それらだらだらと楽がしたい人種は「学ぶ意識の低下」「言語能力の低下」「生活能力の低下」「働く意欲の低下」「道徳意識の低下」「危機意識の低下」などという面において顕著であるように感じられる。
 上記にあげた能力や意識の低下は、そのまま労働の質低下につながると共に社会民度の低下につながっている。
 反対に家門を高め栄達を望む人にとってはある意味、好機と捉える事もできよう。こんな時代だからこそ自己の道徳、人間力を高めて社会の中で格闘する。そういう生き方をするならばまず自己を磨くが良い。困難に直面しても動じない精神力、人間関係の育て方など学ぶべきは山のようにある。
 想像力が大きくとも貴方を支持し、協力してくれる人物がいなければ打開力にはならない。それには謙譲の徳が必要であり謙譲の徳を高度に維持するには信仰が良い。良い信仰は謙譲の徳を教えてくれるだけでなく困難に立ち向かう精神を教えてもくれます。無論のことですが自己を高める意思がなくてはなりませんが・・・。
 すこし脱線してしまいましたが。
 社会民度が低下している世の中に生まれたこと、それは貴方の徳性を試すために選んで生まれたと理解すれば良く、堕落を見て己を律しさらに精神性を高めて行く宿命にある。
 だらだらと堕落した生き方を見て嫌悪する感情があるなら、貴方には徳性を高める人生の宿題を魂が記憶している。堕落を嫌悪するのは汝の魂が善であるからである。善良なる魂は人間の尊厳であり当然である。当然な尊厳を放棄している他人をみて嫌悪するのは正しく人間性である。
 人類は怠惰や邪悪に傾きがちになりやすい性質を持ちながら、神々の導きと神の種を魂に持つが故に、怠惰や邪悪に打ち勝ち社会を発展させてきた。生とは、善なる魂をさらに磨くためのこの世の修行であり宿命である。人としての宿命をはずした者を外道と昔から言うのである。外道は人の努力を食いつぶすことが多い。外道と経典や教えがそういうのではなく、善良に懸命に社会を営んできた人々が外道を嫌悪するのである。その嫌悪する善良な魂こそが神の種ではあるのだが・・・。