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第一章 社会民度の低下 第五節「忍耐力の崩壊」
失われた十年という言葉があるが、それら以前も以後もさらに失われている基盤がある。それはまさに忍耐力であり、それらを支える思想である。
私に神道の基礎を伝授してくれたのは祖父である。祖父は戦中に青春を過ごしている。祖父を思い出しながらこの稿を書いているが、とにかく強い人であった。強いといっても筋力的な一面の問題ではなく、精神面が特にであった。たとえば祖父の痛がっている姿など一度しか見たことが無く(死の直接原因となった怪我のとき)、言葉より先ず実践の人であった。
祖父は不言実行であり、いま思い出しても素晴らしい男であったと誇りに思っている。私が幼少のころはそういった骨太な精神があるていど美徳という雰囲気を感じていた。戦前を体験したことはないがそういった雰囲気を祖父の背中に見たと今でも思っている。
現代の人と比べて昔の人は強かったという風なことを聞くがまさにそうであった。
では何が現代と違うのだろう。世界情勢、時代背景や生活などずいぶんの違いがある。
現代日本人がなくしている大きなこと・・・。
ある体験から推測しようと思う。それは大阪修行時代に1DKアパートを間借りしていたが、そういった生活環境で三ヶ月間インド人男性一人をあずかり共に暮らしたことがある。
そのインド人は次のように言った「今の日本人のマインドとても弱い、神様もっていない、その中で猪岡さんは特別、サムライだと思う、貴方みたいな人たくさんなれば日本ほかの国になめられない」と。私はその三ヶ月間インド英語まじりの日本語、はたまた身振り手振りをまじえて色々と話をした。外の国より見てどういったところが弱く見えてその種となっているのであろうか?それを推測しながらも生活を共にした。
それらを整理してみると、
@ 言葉に経験や奥深さが感じられない。
A 言葉と行いが一致しない。
B 朝令暮改な行動が多い。
C 責任感が感じられない。
D 忍耐力が無い、または実行力が不足している。
E 知性を感じない場合が多い。
大体まとめると以上のような感じだった。
まとめたそれぞれの根底になっている種は、生き方を支える価値観や思想、そういった裏づけの無さが結局のところ、継続力や忍耐力の不足または男らしさを現代日本人の多くに感じないということだ。
そういった一面実際的でない精神的な基盤を無視して、商業主義にひた走った結果が様々な面で日本を蝕んでいる。
一面的な能率や実際的な思想は利益的思考であり、人間形成において弱点を露呈しやすい。必要な無駄を無駄とせず学んでゆく姿勢は人間である。