8「うそをついてしまったとき」

 できればうそなんてつきたくない。
 うそをつかずに生きれたらどんなに素晴らしい事だろう。
 うそをつかなくてもいい環境があったらと誰しも一度は思うはずですね。
 でも現実はそうではなく厳しいものです。
 頭で思う事も、心で感じている事もすべてを伝える事ができない様に生まれている。
 伝えれないからこそ相手を理解し伝える修行の場なのでしょうね現世は。
 その修行の途中に、なかなか忘れれないうそをついてしまった。
どんなうそをついてしまったのだろう。
 人を励ますため?。
 保身のため?
 利益のため?
 自分の生き様ってどんなもの?
 考えてみようよ、後悔する前に。
 「後悔先に立たず」と昔から言うけど、これは的を得てる格言だね。
 どういう生き様をしたら良いのか、年をとると共にわからなくなってくる人が多い。
 ある意味、無駄な知識や、参考にしなくて良い人の意見や見識をどんどん吸収して、
どれが本当に自分にあっている「心の衣」なのかわからなくなってくる。
 確信もしていないのに正論ばかりはいてみたり、人の意見の腰を折るようなことばかり
している人も、うそつきかもしれないよ。
 相手の意図するところを理解してどのように伸ばすか、修正するべきなのかをできる
だけ的確に、一緒に考えてみる姿勢も大切なのではないだろうか?
 うそにもいろいろあるよ。
 やましさを隠すだけがウソではないんだよ。人に対する気持ちがどのようにあるのか
自分で知ることは、自己の心の清浄さを保つ為に大切です。


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