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体験談@
この体験談は現和源大祝の曾祖母のお話です。
曾祖母の家は神石高原町(現)では名家で、曾祖母もやり手で町内の婦人部長なども歴任し男顔負けの人であった。
ある日、胸の辺りがチクチクして呼吸もしづらくなって病院へ行って検査を受けたが異常は無いという。何日かたてば治るだろうと辛抱を続けていたが治る気配は一向に無い。
ふと金峰神社が眼に留まった。(金峰神社は曾祖母の家がご奉仕をしていて現在は和源がご奉仕している)
曾祖母は清浄な白い服を着て神前に座した。
手を合わせ心が静まった時であった。眼を閉じた眼前に、いや額の前であろうか、木に打ち付けられた藁人形が見えた。
何故だか藁人形の位置もわかったのだ。
飛び出してその場所に向かいたい気持ちを抑えて、神様に感謝申し上げその後に呪いの現場に向かった。
呪いの現場に到着すると、神前で見せていただいた風景と全く一致しており、藁人形に曾祖母の名前などが書いてあり、長大な釘が打ち付けてあった。
曾祖母は金峰神社に伝わる秘詞を唱えた。
御神気に守られたと感じ、藁人形を撤去した瞬間から、胸の痛みはウソのように晴れて行った。
その後、町内の男性が急な胸の病で入院した。
悪しき行いには悪事が帰り、良き行いには善事が帰る。
祈りの力の悪用の話でありましたが、祈りとはこのようなものでもあるのです。
体験談A
ある親子が和源に時折参拝しにやってきていた。何度かお祈りに参拝されるなかで、和源の神官が気になって声をかけた。子供に落ち着きが無いという親子が和源にお祈りやご相談に参拝されたそうだ。そこで日時の調整のために予約を確認しご相談となった。まずは霊視などを行ってみてたしかに邪魔をする霊が居ることを確認した。さらにお話をお聞きしていく中で教育に指針が無いとも感じた。
和源の取り組みの一つに親子お稽古がある。子供お稽古は武家の思想を基本に据えながら、自然科学的な体験学習、道徳教育、歴史人物学、室内での礼式をはじめ、接遇などの基本を寺子屋学習形式で行っている。
その子供(親子)お稽古では学びだけではなく、少々の悪因縁霊で家系的に恨みを持っている程度であれば正しく礼式や道徳の学びを、神光の幸多き和源でおこなう為に神界の守護が自然に受けることが出来る。特にその親子は御神気が必要と直感したので、お稽古初期では神様の御光をいただきやすいお稽古を計画実行した。できるだけ自然なかたちでご加護がいただけるように配慮しつつ・・・。
通うことによって、お稽古を続けることによって親子の人間力は以前とは違いがはっきりしてきている。またお子さんは落ち着きを持つようになってきた。