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和源神道とは?

和源大祝家(現在氏は猪岡家)は五十九代宇多天皇に始まる宇多源氏(近江源氏)の流れを汲み平安末期鎌倉時代にさかのぼり、幾多の変遷をへて現在に至っています。
 近江源氏は鎌倉幕府創立に多大な功績により、一族は日本全国に領地をいただき各地に赴いたその一派が和源大祝家。
 鎌倉時代、室町時代の激動時代を武家として経るなかで、古代より伝わる秘伝や伝えを継承しつつ家伝の祭祀・軍陣法・占い等をまとめると共に唯一神道の影響を受けるなどがあった。影響といえば大名の森家の姫が嫁入りしそれまでの家風から変化があった。(森家は織田右大臣家の大名)
神文は近江源氏の 四つ目結紋を変形させた 丸に隅立て四つ目紋を裏紋として陣幕を作成し開かずの間に収めて残した。
 現在の和源神道の祭式などは家伝および大祝猪岡鷹壌の母方の金峰神社の伝承、西氏祭祀伝承(井原市史に西初三郎の名が見える)、修行中の神秘体験を中心に御師皇學館大學文学博士村野猛先生の教えと家伝をあわせ整理し現在の和源神道となっています。
 また和源(かずみな)の名は飛騨国位山にて山中修行中に大神様の神勅と共にいただいた名であり、漢字を当てる際に遠き先祖を忘れぬよう「源」の字を入れそれと共に「和の源の神の道」という心を表したものである。
 飛騨位山周辺伝承においてははるか昔、神武天皇が即位後位山にのぼり天照大神に豊蘆原瑞穂の国を統べる御神勅を戴いたが故に位を授かった山、位山というようになったと伝わる