The Submarine Shrine〜 深海の崖の下〜
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                                                                妖かしの塔にて
   それはいつ頃から在っただろうか。
それを見る事が出来たのは私が物心ついた時からだった。
時は1888年、夏の終わり頃だっただろうか…。
 私に名前は無い。
 いや、かつてはあっただろうが今となっては何の意味も持たない。
何故ならこの島にはもう私しか居ないからだ。
場所は…かつての記憶によれば、太平洋のど真ん中に浮かぶ名も無い
小さな島だ。
  かつてはここは大きな賑わいを見せていた。
いや、私がそれを見たのではない。今はもう亡き長老がかつての栄光を
懐かしむように、私に何度も語ってくれたのだ。
 かつてここは捕鯨船の中継島として大きな賑わいを見せており、この島に
移民して来た漁師も何人か居たものだ。
 そしてこの一帯は鯨の天国であり、多くの捕鯨船がここへやって来て、この
島で休息しながら捕鯨をしていたそうだ。
 島唯一の小さな波止場には大きな捕鯨船が何度も停泊していたと長老は
誇らしげに語っていた。
 小さいながらも島の一角には宿屋、酒場、そしてこの島で永住する事を決めた
漁師の一家の家も幾つか集まって集落みたいなのも出来ている。
 いつかこのペースならこの島は太平洋の大きな中継点としておおいに発展
するだろうと誰もが期待していた。
 だがいつ頃からだろうか。
 大きな地震が太平洋一帯を襲い、それによって潮の流れが変わったせい
なのだろうか。
 鯨の姿がさっぱり見受けられなくなったのは。
 他の魚や貝などは相変わらずここ一帯にはうじゃうじゃ居たのだが、何故か
鯨に限ってこの辺一帯から姿を消したのだ。
 そして当然のごとく、捕鯨船もここには停泊しなくなり、集落に住んでいた島民も
一人一人とこの島を去ってゆき、またある者は失意の中でこの島で生涯を終えた。
 長老もその一人だった。
 彼にはかつての栄光の日々しか見えなかったのだ。
 そして唯一この島で産まれた私は、両親と共にこの島を離れて一時イギリスに
身をよせていたが、生まれ育った懐かしい故郷を忘れられなかった。
 イギリスで漁師を続けている内に望郷の思いは私の中で次第に大きく膨れ上がって
いった。そんな最中私の両親が他界し、私も一人身だったゆえ、私はこの島に
帰って来たのだ。
 かつて集落が在った跡へ行ってみると、集落は完全に荒れ果てており、中には
完全に壊れてしまったものもある。
 だが宿屋だけは何とか直せそうだったので、一人で宿屋の壊れたところを補強
し、ここを私の住処とした。
 あの懐かしい日々に長老と私が良く居た波止場は奇跡的にもあまり損壊がなく、
ちょっとした修理だけで直せた。
 そしてその日から私はもうかれこれ八年間はこの島で一人で暮らしている。
 海に行けば他所の海域では信じられないくらいに大量の魚や貝が取れるし、
島の一角には平野もあり、そこを畑として開墾したので野菜にも困らない。
 つまり生きていく上では何も困る事が無いのだ。
 だが私以外には人間が居ないので、私も自分自身の名前などもう記憶の片隅に
しか無く、ここ数年人間に会った事もない。
 だがそれ以上に私は長い間不思議に思っていた事がある。
 それは波止場から見える塔だ。
 何か古代の遺跡のようなもので、材質の分からないような石で荒々しく無数に
積み上げられた塔である。
 だが不思議な事に誰もこの塔を知らないのだ。
 かつて長老に「あそこに大きな塔あるよ」と尋ねた時、彼は怪訝そうに私を見たものだ。
他にも島民に尋ねたが、誰も「それは幻だ」と取り合ってくれない。
 どうやら波止場から見えるあの塔は私だけにしか見えないようなのだ。
 しかしいつ見ても圧倒感のある塔だ。
 一度だけ舟でこの塔に近付き、周りを見てみたが何処にも入り口らしきものは
見当たらなかった。勿論建設理由も不明。
 ただそこに何の意味も無いように突っ立ってるこの塔は私と同じだ。
 私もまたここで無意味に生きているだけなのだから。

そんな日々がこのまま永遠に、私がこの地で朽ち果てるまで続くだろうと思われたが
そうはならなかった。
 それは夜明け間近にやって来た。
 太平洋一帯を中心に大規模な地震が起こったのだ。
 特にこの島が中心だったのでは、と思われるくらいに凄まじい地震だった。
 それに叩き起こされた私は慌てて宿屋から外へ出てみると、何とした事であろう。
 夜明け間近の薄闇の中を塔のてっぺんが光り輝いていたのだ。
 私は大きな震度も忘れ、呆然とそれに見入っていた。
 塔のてっぺんから溢れる光は白色の光だったが、それはまるで生命の鼓動のように
大きく輝いては小さく輝き、また大きく輝いて…の繰り返しだった。
 だがそれは何やら忌まわしいものだったのは間違い無い。
 やがて水平線の彼方から暁の陽の光が昇る頃にはその光は消えていたが、
その日から奇妙な事が立て続けに起こるようになった。
 まず鯨がここへ戻って来たのだ。
 今まで全くこの界隈では姿を見せなかったというのに、まるで長老が語っていた
かつての栄光の日々のように鯨がうじゃうじゃやって来たのだ。
 そして鯨達はまるで導かれるかのようにあの塔の付近に集中しはじめているでは
ないか。
 長老はかつて言っていた。
 あの大地震の後、潮の流れが変わって鯨が来なくなったと。
 そして今また大地震によって鯨が戻って来た。
 これは一体どういう事なのだろうか? 私は漠然とあの塔が大地震に関係ある
のでは、という疑問を感じるようになった。
 そしてそれから1週間くらいした時、島の浜辺に鯨の死体が一匹打ち上げられた。
 ところがその死体ときたら、見るも無残なものだった。
 鯨の上体と下半身がまるで雑巾をひねった時のような形でぐじゃぐじゃに潰れて
いるのだ。
 まるで何か強い力でひねられたかのように。
 それでも鯨から取れる肉、脂、骨は天然の資源財なので、その死体を解体して
日々の生活の糧にしたものだ。
 だが鯨が戻ったというだけでも奇妙なのに、それが何か超越した力で不自然な
死に方をするのはどうした訳だろう?
 船乗りの伝説では鯨は大王イカと戦う事があるというが、この近海に大王イカが
出たという話は聞かない。
 これだけでもかなり驚くべき変化だというのに、最も決定的な変化は、あの塔から
夜な夜な風に混じって太鼓やらフルートが合い混じったような音が聞こえて来ると
いう事だ。
 その音はまるで音楽のようにも聞こえるが、これが音楽としたらおおよそ世界中の
どの音楽よりも忌まわしい音楽であろう!
 耳栓をしても耳栓を通りぬけて脳に直接響くようないかれた音楽だから堪らない。
 だが人間というのは奇妙なもので、一ヶ月もたつとこの音楽に馴れるというから
不思議なものだ。
 今となってはこの音楽は孤独な私を慰めてくれるような音楽に感じられる。
 それからまた一ヶ月も過ぎただろうか。
 夏も真っ盛りを迎え、身体中の水分を吸いとるかのように白銀の太陽の光が
私を照らしている。そんな中、私はまたしても浜辺に流れついた例の鯨の死体を
波止場で捌いている。
 ふいに、にぶい衝撃が地面から響いたかと思ったと同時に再び大地震が襲って
来たのだ!
 私は手にした包丁を慌てて波止場の先に投げ捨てると、何も無い安全なところに
一人伏せていた。
 視界からは塔が良く見える。
 するとどうした事であろう。塔の周りにうじゃうじゃと居た鯨が慌てて塔から逃げる
ような素振りを見せたのは。
 それとほぼ同時に海のあちこちから血しぶきが舞い上がるではないか!
 その血が海を血の海にかえるのにそれ程時間はかからなかった。先程までもがいて
いた鯨の姿もぷつりと海面には現れなくなったのだ。
 それだけならまだしも、その血が急激に塔の地盤辺りの海域にまるで水道から
出た水がバイプの中にあっという間に吸収されるかのごとく、吸い込まれていった
のだ!
 後には何も無かったかのように美しい青色の海面が太陽の光をキラキラと反射
してるのみである…。

 ここに至ってはもはや疑いようもないだろう。あの塔が大地震を起こしてるとしか
思えない。そして鯨の行方不明も増殖も全てはあの塔が絡んでいるに違いない。
 それに夜な夜な光っていたあの光も、音楽もそれを境にプツリと途絶えたままだ。
 私は決心した。
 今まで恐ろしくて入ろうともしなかったが、事ここに至ってはあの塔を調べるしか
無いだろう。
 次の朝、太陽が水平線から現れた頃、私は舟に乗ってオールを漕ぎながら塔へ
近付いた。
 塔はあいも変わらず、その不気味な風貌を見せていたが、前と違う変化があった。
 昨日の大地震のせいだろうか。塔の正面の壁の一角が崩れ、何とか私が通れる
くらいのスペースの穴があったのだ。
 私は舟を崩れた一角に寄せ、舟に結びつけた手綱を崩れた一角の出っ張りに
結びつけると、でっぱりの一つに自分の足をかけ、難なくその穴の中へ入り込んだ。
 中は真っ暗で良く見えないが、足元から伝わる感覚は妙にひんやりとしていた。
 しかも外見は荒々しいにも関わらず、中は不気味なくらいに何から何までとどのって
いる。
 まず床は一つの出っ張りも何もないくらいツルツルと芸術的なまでに磨き上げられて
おり、はだしであるにも関わらず何度と無く滑りそうになった。
 やがて私は大きな広間に出た。どうやら塔の中心らしく、その広間は綺麗に円の形で
ぐるりと回っている。
 そしてその中心には巨大な穴があるではないか。
 私は己の頭上を見上げた。すると天井には奇妙な色彩の曇り硝子がはめ込まれて
いるではないか。
 その色と来たら、狂人でもなければ喜ばないような色彩である。
 その曇り硝子が塔の外の太陽の光を受けてか、広間いっぱいに奇妙な彩りを
投げかけていた。
 その他に何か無いかと見てみたが、どうやら中心に広がる大きな穴と天井に
かけられている奇妙な色彩の曇り硝子以外にこれといった発見は無かった。
 ここに来ればあの奇妙な音楽に光の正体があると思っていただけにあてが
外れたのだろうか、私は拍子抜けした。
 ともかく、あの穴の下がどうなってるのか調べなければ、と思い、私は穴へと近づいた。
 だが穴のすぐ下には海の水が漂っているだけで何の変化も無い。
 どうやら見た限りでは塔の下の何処かが海と通じているのだろう。だからここまで
海の水が来ているのだろう。
 だがそうなると、この塔は一体何の為に建てられたのだろう?
 少なくとも灯台の役割では無い。かといって信仰の為の塔とも思えない。
 私がそれを考えて物思いにふけっている時であった。
 周りの色彩が妙に不安定にゆれ始めたので、何事かと天井を見上げる。
 そしてその姿勢のまま、私は硬直した。
 曇り硝子が曇り硝子ではなく、そこに奇妙な世界を映していたのだ。
 最初はぼんやりでしかなかったが、それが輪郭も次第にハッキリし、鮮明に何処かの
星の奇妙な光景を映し出してゆく。
 それはまさに気がおかしくなるような光景だった。おおよそ人間の常識からかけ離れた
荒涼とした大地に奇妙な植物。そしてその中をさ迷う、数多くの奇妙な生物達!
 肌は全身ドズ黒く、ツヤツヤとしており、背中からは蝙蝠の翼が生えている。何より
不気味なのはその生物の外見は人間らしきものであるにも関わらず、顔がのっぺらぼう
で頭からは二本の角を生やしている。
 その生物はまさに伝説、神話でしか語られない悪魔…否、夜魔そのものだった。
 しばらくその狂った光景に見入っていた私はやがて気付いた。
 この夜魔達が歌を歌っている事に!
 見れば彼らは手に太鼓、フルートを持ち、それで聞くも汚らわしいあの耳障りな音楽を
奏でるではないか。
 あの音楽の正体はこれだったのだ。
 と、私の後ろで音楽とは違う非常にリアルな音がした。
 水がはねる音。
 私は背後を振り向いて、穴の中を覗いてみる。すると水面に波紋が広がっている
ではないか。
 鯨だろうか、と思い、もう一度穴を覗いた瞬間、私は恐怖のあまり叫んだ!
 何と水面に見るもおぞましい、見た者を発狂させるような不定形な形をした巨大な
生物が曇り硝子の奇妙な色彩に照らされながら映っていたのだ!
 その生物のおぞましさと来たらとても言葉で言い表せるようなものではない。どの
ような詩人ですら、その生物のおぞましさを言葉で言い表す事など不可能だろう!
 あえて言うならアメーバのような核を持った生物で、その身体は全身白銀色に輝いて
いるとしか言いようが無い。
 あの塔のてっぺんにあった光の正体はこれだったのだ!
 そしてそれは巨大な触手を水面の中から出しており、その触手には鯨が絡め取られて
いた。
 何という事だ。鯨はこいつに何らかの力で呼び寄せられては、餌とされていたのだ!
 私は恐怖の叫び声を何処までも上げ続けながら、そこを逃げ出した。
 不思議な事にあの生物が私を追いかけて来るような素振りは無い。
 ありがたい事に崩れた一角はそのまま残っており、難なく外へ出ると舟に慌てて
乗り込み、この呪われた塔から一刻も早く逃れようと必死で舟を陸へ進ませたのだった。
 背後からは何処までも狂わしい音楽が響いているのみである。
 もはや私にいつもの日常は帰って来ないだろう。あの呪われた核のような生物を
見てただで済むはずが無い!
 ああ、願わくば私の魂に永遠の安息を!

その日からここは狂い始めた。
 この島一帯を覆う空間があの曇り硝子に照らされた色彩のような光で覆われて
いったのだ。
 そしてあの夜魔達の狂った太鼓、フルート、その声による狂わしい音楽ももはや塔
からではなく、ここら一帯の何処からでも聞こえてくるようになったのだ!
 あの塔の中に入ってから何か変化した。それだけはほぼ確実に間違い無い。
 そして決定的だったのは、その夜私が宿屋のベットで眠ろうとした時、フト窓から
外を見てみると、何と波止場のいたるところに奴ら夜魔がうじゃうじゃと徘徊していた
ではないか!
 だがそれら夜魔は私の姿を見ても襲って来ないようだ。
 何故?
 私をいたぶって楽しむ為だろうか?
 どちらにしても私の身がいよいよ危険になって来たという事だけは確かだ。
 私がそんな事を考えていた時だ。
 夜魔の群れが何かに気付いて、慌てて塔の在る方角へ立ち去ってゆく
ではないか。
 そう、何かに怯えるかのごとく。
 そして無人になった波止場をしばし見つめていると、やがて波止場の最も奥の
暗いところから何かがこちらに向かって歩き出して来るではないか。
 まるで何も無い空間からいきなり出現したかのようだ。
 私は不思議と、その影に対して恐怖を感じなかった。むしろ懐かしさを感じる。
 だがそれと来たら、まるで夜の闇とほぼ同化しているような感じだ。それも当然。
その影は肌が黒色だったのだから。かといって黒人でも無い。
 それが一瞬出た月の光に照らされて瞬間、私は叫んだ!
 何という事だ。今私に向かって歩いて来るのは死んだはずの長老ではないか!
 私が幼少の頃に死に、島の小さな墓地に埋葬された長老! それが今、生を
持って、ニヤニヤと薄笑みを浮かべながらこちらに向かって来る!
 私は長老に「帰れ! 死者は死者の国へ!」と叫んだが、長老はニヤニヤとした
まま言い放ったのだ。

「ただいま、坊や。わしの昔話を聞いておくれ」

 と!
 もうそこからはパニックだった。
 私は宿屋のドアに全て鍵をかけて窓も全部締め切って、布団の下に蹲りながら
ガタガタと震えたのだ。
 外からはドンドンと叩く音がし、それに伴い、長老の声が断片的に私の耳に
入り込んで来る。

「…まで……夢を………は………を慰めて………」
「帰れ! 帰ってくれ! 私に安息をゆだねてくれ!」

 その言葉にしばしの沈黙。
 やがて戸を叩く音がしなくなり、最後にこう聞こえた。

「眠りから目覚めるはまだ早いようだ」

 何の事を言っているのかは分からなかったが、何か禍禍しいものが感じられた。
 そしてそのまま恐怖の一夜は過ぎ去った…。
 だが朝になったのに、もはや太陽の美しい光はほんの僅かしか届かない。
 もう舟は出せない。奴らは私をここから逃がしてくれないだろう。
 ゆえに私は僅かな希望をこの紙に記し、これを瓶の中に入れ、海の中に放り込んで
おく。
 願わくばこの瓶を発見してくれた人が私を探してくれるといいのだが…。
 私は狂人ではない。
 信じられないだろうが、これは全て事実だ。
 疑うなら私の名前をイギリスの戸籍で探してみてくれ。
 待て、私の名前を今思い出す……。
 確か…あれ? イギリス? 私は本当にそこへ行ったのか?
 馬鹿な! イギリスで具体的にどのように暮らしていたのか思い出せない!?
 何故だ!? 何故、私の記憶にはこの島で生きていた日々しか思い出せない
のだ!?
 長老は…? あの肌がまるで闇のように黒かった長老は確かに思い出せるのに、
私は自分の両親すら思い出せないではないか。
 こんな事があってよいのだろうか?
 私は…私は……誰だ?
 いや、私は人間のはずだ。あれを見て以来、私の精神がおかしくなり始めて
いるだけに過ぎない。
 その証拠に私には名前があるではないか! 今思い出したぞ。
 私の名前は……アザトース…………。




 以上がインスマス襲撃の際に浜辺に打ち上げられていた瓶の中に収められた
手記の全てである。
 確かに1888年に太平洋で大規模な大地震が三回も局地的な所でおこったのは
事実であり、そういう島が存在したのも事実である。
 だがイギリスに問い合わせてもアザトースなる人物が存在したという記録は
無いし、戸籍も存在しないとの答えである。
 そして例の島は最初の大地震の際、それによる大津波によって飲み込まれ、
世界地図の中から消えたそうだ。
 そうなると、このアザトース氏は亡霊という事になるが、そんな事はあり得ない
であろう。多分悪戯か、彼が本当に頭が可笑しくなったかのどちらかであろう。
 以上を持って報告書を終えます。

               〜アメリカ海軍大佐 リック・スチュワードの報告書より。


夢もおよばぬ秩序ある宇宙の外でいわんかたなくざやめく、あの衝撃的な最後の危険こそ、
なべての無限の中核で冒涜の言辞を吐き散らして沸きかえる、最下の混沌の最後の無定形
の暗影にほかならぬ―――すなわち時を超越した想像もおよばぬ無明の房室で、下劣な太鼓
のくぐもった狂おしい連打と、呪われたフルートのかぼそい単調な音色のただなか、飢えて
噛りつづけるは、あえてその名を口にした者とてない、果てしない魔王アザトース。


                              『未知なるカダスを夢に求めて』より抜粋。


                                     完
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アザトース……混沌のただなかで、奇異なもの(夜魔など)にとりまかれた黒い玉座から
         支配する盲目白痴の神であり、旧支配者の指揮を取り、その為に外世界に
         追放されて知性を奪われる。
         この地球を創造したのはアザトースであり、またナイアルラトホテップによって
         永い眠りから目覚めるや、地球を破壊するとされている。
         夜魔達は彼の孤独を癒す為に音楽を奏でている。
         また別の説によれば、この宇宙そのものがアザトースの夢の中の世界であり、
         アザトースが目覚めると同時に全てが無になるとも言われている。
 

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             (C)Asyuramaru 2005