戻る
 マヤ暦、マヤ文明、マヤンオラクル、2013年、マヤの予言、時間の守り神・・・・マヤに関する記述を、近頃よく目にするようになりました。
 マヤって、・・・マヤ暦って一体何なのでしょうか?それについての詳しい説明や学術的な解釈は、インターネット上でも数多く紹介されているので、そちらをご参照いただくとして、僕がお伝えしたいのは、
  
  1.マヤの叡智の有用性
  2.マヤの時間観の特異性
  3.マヤにおける数のとらえ方

 の3点です。
 マヤに関する記述は、数字が頻繁に使われ、様々な概念の表記も、とても難解なものです。最近、マヤ暦に由来する「13の月の暦」を、実際の日常生活に使用している人も増えていますが、現実には、その日その日がマヤ暦の何月何日で、何と呼ばれる日か?・・・の確認くらいにとどまっているのが大半ではないでしょうか?
 それは、日々を特徴づけている太陽の紋章と呼ばれる20のキャラクターや銀河の音と呼ばれる1から13までの数字の解釈が困難だからだと思います。
 
 例えば今日は「白いスペクトルの世界の橋渡しの日」、キーワードは「機会を解き放つ」だといわれても、なにやらチンプンカンプンです。
 確かに、敢えて説明を最小限にとどめて、より広いイメージの拡がりを期待する・・・という意図はあるのでしょうが、あまりに手掛りがなさ過ぎます。
 それに、僭越ですが、和訳された述語自体が本来の意味合いを上手く表現できているかどうかは少し疑問です。
 
 そういった意味から、厳密で高尚な解釈は専門家に譲り、僕は僕なりに「多少アバウトでも日常の言葉で、微妙なニュアンスは詩的表現を用いることで以心伝心的に・・・とにかく、日常レベルに引き下げた解りやすく親しみやすい形でお伝えしていくアプローチ」の方を選択しました。
 
 その観点から、改めて上記の3点を眺めてみると・・・
 まず、1のマヤの叡智・・・世界観や宇宙観、そして人生観に対するマヤの叡智は日常生活のレベルで、実に多くの示唆を与えてくれます。20の「太陽の紋章」は、それがそのまま個人や人類の進化、変容のプロセスであり、同時に、世界の事象を観察する20の視点にもなりえます。おぼろげながらにも20の紋章たちのキャラクターが自分の中に息づいてくると、心強い20人のメンターが背後でサポートしてくれているような頼もしさが芽生え始めます。
 
 そして、2の時間観が深く浸透してくると、時間の流れという目に見えないものが、なにやら一つの構造をもった、図形あるいは構造体のように認識され始めてきます。そうなってくると、帰らない過去に対する無力感や、予測できない未来に対する不安が薄れ始め、全ての時間の構造体を「いま、ここ」で支えている、この瞬間がより鮮烈に体験できるようになります。
 
 さらには、3の「数のとらえ方。」・・・こちらも圧巻です。
 この世界の全ての本質をシンプルに表現する、いわばイデアとしての数。
 数秘術、カバラ、易、・・・それらが数を用いて森羅万象を現そうとしたのと同じアプローチがそこに見出せます。直線上を1,2,3・・・と進行していくというよりは、立体的に生成・発展しながら構造を形作っていく・・・・そんなイメージが、マヤの「数字観」には感じられます。
 全ての存在、全ての出来事をシンプルに象徴する「数」の体系が俯瞰できるようになれば、人生における様々な、難解な概念をシンプルで整然と理解することが容易になります。

 僕自身、数年に及ぶ「マヤとの対話」の中で、実に多くの気づきと指針をプレゼントされてきました。
できれば、それらが、此のサイトを通して少しでも多くの方々と共有できたら・・・と考えます。

                                        2005.2.18  青い水晶の手の日
              
                                                          ひ で


マヤ暦って?