⭐️中世夢が原とは⭐️
- 🌳中世夢が原は、鎌倉から室町時代にかけての吉備高原一帯にみられたむらのようすを、絵巻物や発掘資料をもとに、時代考証により再現したものです。
- 🌳中世の門をくぐり、山肌を踏みかためてできた峠の道をゆくと、むらの入口には辻堂がたっています。あたりには五輪塔が点在し、農家では草履つくりなどのわら仕事がおこなわれ、かまどからは炊事の煙がのぼっています。
- 🌳もうひとつの峠をこえると、そこには物売りの声が聞こえる三斎市のにぎわい。
- 🌳市のむこうには山城がそびえ、戦に備えて物見櫓や兵糧を貯えた詰所があります。山城からは領内が一望でき、山裾には武士の屋敷や城主がすんでいた「館」があります。
- 🌳中世夢が原はそうした中世のむらの風景と職人仕事など、生活情景を演出しています。
⭐️ようこそ中世の暮らしの世界へ⭐️
- 🌳ゆったりと流れる時間と澄みきった空気に酔う
標高300メートル余りの、ゆるやかな高原にあるこの地域は、年間を通して比較的温暖です。どこまでも広がる空、のどかな景色は、中世からそのままつながっているかのようです。
- 🌳夢が原のなかには人々のふれあいがある
農家では、竹細工や、わら細工が行われ、細工をする人に気軽に話しかければ、むらの様子も喋ってくれる。ここは人々の生活のにおいがします。このむらは生きています。
- 🌳むらは祭りの宝庫
秋ともなると、方々から祭り太鼓の響きが聞こえてきます。氏神の秋祭り、産土荒神(うぶすなこうじん)、株神などなど、祭りが盛んに行われています。
- 🌳調度品ひとつひとつが生活を語りはじめる
まるで今生活しているような錯覚におちいる家や調度品の数々。展示品はなんと250種、1700点にもおよびます。それらは、当時の絵巻物などを参考に造られたものです。
⭐️主な施設⭐️
🏡辻堂・五輪塔🏡
- 中世の小経を進むと、むらの境界には辻堂があり、周辺には五輪塔や宝篋印塔が祀られ、人々の敬虔な祈願の場所となっていました。


🏡農家🏡
- 当時の農家の大きさは10坪前後。軒や戸口は低く、窓や戸も少ない造りでした。
- 構造は、叉首構造、折置組になっています。


🏡三斎市🏡
- 往時を物語る絵巻物には掘っ立ての長屋で、鳥・米・布・履物・壷など生活必需品が売られていました。三斎市とは月のうち3日開かれていた市の総称です。
- 一方、商人の集まった町家が建てられ見世棚の上で物が売られています。


🏡山城🏡
- 山城は、地形上防御に適した山稜に詰めの城として築かれる。削半地である曲輪の他、堀切、竪堀、空堀、土塁などがつくられ、物見櫓(ものみやぐら)の付近には兵糧や武具を蓄える詰所(つめしょ)がある。


🏡武士の屋敷🏡
- ふだんは農業にも従事しながら村役をつとめ、非常時ともなると城へ駆けつける半農半士の家を想定して作られている
- 近くには株神であり武士の守り神である摩利支天が祀られている。


🏡城主の館🏡
- 中世紀の武士が築いた最初の城郭が館。棚垣の東西には櫓門(やぐらもん)があり主殿の他、侍所(さむらいどころ)、厩(うまや)、厨(くりや)が配置されている。


🏡その他の施設🏡
- 🌳弥生式住居
昭和40年に発見された弥生後期の竪穴式住居跡を復元したものです。
- 🌳ひょうたん池
中世夢が原全体が見渡せる、休憩やお弁当に最適な広場です。
- 🌳遠藤周作碑
小説の舞台になったことから建立された「血の故郷」の石碑です。
- 🌳お祭り広場
松林を背景にした野外ステージで、コンサート、映画、神楽、尺八の演奏、演劇などのイベントが催されます。
🏡中世からの職人仕事🏡
- 🌳炭焼き

- 🌳刀鍛冶

- 🌳藍染

- 🌳ワラ細工

- 🌳竹細工




