高野山真言宗 吉井山 成福寺
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様々なところでお会いした、檀家さんをご紹介します。

2004年12月12日(日)
先月11月25日に 満100歳になられた 妹尾房美さん。  益々お元気です。

「房美さん」と言えば・・・どこかで聞いた名前ですね!
そうです。・・・法話のページ「長寿の秘訣」(9月15日)の主人公です。

最近は寒いので、毎日午前10時に観音堂前に来られます。
末永く観音様に守ってもらってください。


@ 「おばあちゃん、写真撮るよ。」


A 「ちょっと待って。髪を直さにゃいけん。」


B 「どがあなですけえなあ・・・」


C 「やっぱり、頭巾をかぶった方がええ」



2004年10月9日(土)
今井ヒサ子さん 満中陰忌法要の後、ヒサ子さんの曾孫 今井隆博君(5歳)が、「ばあばあ(ヒサ子さんのこと)」の極楽往生を祈って神楽を舞ってくれました。 ばあばあも 喜んでくださったことと思います。

   
隆博君は、3歳から子供神楽を習っています。大人顔負けの熱演でした。






笹原唯雄氏50回忌を記念して
(2004年9月26日)

<成福寺の釣鐘・縁起>


笹原唯雄氏寄贈の梵鐘


<梵鐘には施主名が鋳込まれています>

昭和27年4月の良き日、成福寺鐘楼堂では8年ぶりに鐘の音が響き、境内は大勢の稚児行列で賑わいました。

 思い起こせば今から60年前第2次世界大戦も末期となった頃、日本国内では貴金属の供出命令が出され、全国各地の梵鐘はほとんど寺から持ち出されました。成福寺の釣鐘も1737年(元文2年)に造られた古い梵鐘でしたが、もちろん例外ではありませんでした。
 それから数年後、空っぽとなっている鐘楼堂を残念に思った先代住職は、いち早く釣鐘の復興を考えましたが、当時は檀家さんも経済的に大変な時期であり寄付を広くお願いすることは無理でした。丁度その時、住職の願いを一人で叶えてくださったのが当時大阪で事業に成功されていた笹原唯雄さんでした。

その後、笹原さんは昭和30年9月25日に他界されましたが、寄付された釣鐘の音は今も吉井の里に鳴り響いています。

そして今年は、笹原唯雄さんが亡くなられて丁度 50回忌に当たります。   感謝と合掌





新鮮な葡萄を前にして
(2004年9月23日)
今が旬の美味しい葡萄(ニューピオーネ)を出荷している美星町在住の妹尾正三さん。新聞販売業の傍ら、葡萄の栽培を始めて約10年だそうです。
 
2年前から長男家族と一緒に暮らし、可愛い3人のお孫さんに囲まれて張りきってお仕事をされています。

活躍する企業の檀家さんはこちら

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