茶臼山城址
天正三年(1575)毛利元清は備中一円を平定して猿掛(さるかけ)城へ入ったが
民政充実のため天正十二年(1584)標高96mの茶臼山へ移城した。
そして慶長五年(1600)関ヶ原の戦いに西軍が敗れ、毛利氏が萩へ西帰するまで16年間在城した城址である。
その間には天正十五年(1578)の九州征伐に引き続いて征韓の役で3度往復の途次
豊臣秀吉が再三立ち寄った史実が残っています。
場所は矢掛町中心部から東側になります。星印の位置です。 矢掛町総合運動公園側からは車で登ることが出来ます。 ![]() 駐車場は十分の広さがありますので遠慮なくどうぞ。 案内看板を紹介しておきます。 現在は本丸跡には、NHKや民放各社共同で、テレビ送信アンテナが立ってます。 今回の訪問目的は、割と小さ目の岩を積み上げた石垣が現存しているが 雑木林に隠れて見え難くなってきたという事で、今のうちに確認しようと思った次第です。 ただし遊歩道からは僅かしか見えませんでしたので、躊躇なく藪に入る必要があります。 近づいて見ましょう。こんな感じです。 秀吉も見たと思うと灌漑深い物があります。 |
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それ以外にも遺構は残っており、井戸の跡や・・・ 写真では分かり難いですが、深い堀切なども見えます。 二の丸跡には休憩所と展望台が。 経王大菩薩様も建立されています。 そしてもう一つのお楽しみ。城と言えば防衛のために眺望が良いのは当たり前。 矢掛中心部が一望できます。 代表として、道の駅と井原鉄道矢掛駅でもどうぞ。 歩いて登城できる遊歩道も整備されていますよ。 |