Heterodoxy sentence of reporting.










          少女は微動だにしなかった。
          只じっと二人の乱入者を、射る様な眼差しで睨め付けている。


          「”ガンスリンガー”、撃ってはなりません」
          「了解」
          「そして………、貴女もアベルを解放するのです」


          緋色の法衣と金髪の眩しい麗人   世界一美しい枢機卿、カテリーナ・スフォルツァの命令。
          其の口調は何処までも雅で在りながら、心臓を射抜く氷の弾丸でもあった。
          また、命令に短く返答した無機質な目の男は、素早く巨大な拳銃を下ろす。
          彼の動作はあまりにも速く、躊躇いも無く   まるで、『機械の様』だ。
          そしてフルネームを呼ばれた少女の、薄く笑った其の姿は次の瞬間掻き消えた。


          「………………!」
          「死んで頂戴」


          何時の間に背後に回ったのか、形の良く長い脚から放たれたのは強烈な蹴り。
          迷う事無く、其の目標は二度も彼女を激昂させたトレスの首だった。

          正確に焦点を定めた爪先によって、彼の脊椎が拉げ其の身体が床に叩き付けられる呆気無い音が   










          「      くはッ…!」
          「卿には現在卿自身が置かれた状況を理解する事を推奨する」


          しかし、関節の軋む厭な音と共に冷たい床に叩き付けられたのはの方であった。
          苦悶の表情で其の秀麗な顔を歪ませ、彼女は只倒れているしかない。

          彼女がトレスの命を奪おうとした瞬間、まるで赤子の手を捻るかの様に其の足首は捕まれた。
          素手一つでアベルを殺めかけた彼女の力を遥かに凌駕した、小柄な神父の握力。
          が驚愕の声を上げるよりも先に、トレスは足首を掴んだ片手を振り被る。
          細い曲線で縁取られた身体は、其の侭重力に従い床へと叩き付けられた。

          そして更に、衝撃で呼吸の侭成らない少女の腕が無遠慮に捻り上げられ立たされる。
          苦痛に柳眉を歪めたに、トレスは無慈悲に言い放った。


          「既に卿の身柄は教皇庁の手の内だ、抵抗は   
          「トレス、その辺りで止めなさい」


          其れまで微動だにしなかった緋色の麗人が、玉を転がす様な声を上げた。
          しかし、其の片眼鏡モノクルの奥にある刃を孕んだ瞳はを見据えたままである。

          彼女は喉元を押さえ咳き込むアベルに視線を遣り、薄く微笑んだ。


          「初めまして、私はカテリーナ・スフォルツァ…教皇庁国務聖省の長官を勤めています」


          深々と雅な動作で腰を折った美女に、は切れ長の眼を零れんばかりに見開いた。
          打って変わった目の前の人物の態度に、一層懐疑の色を濃くする。

          驚愕の余り、一瞬感覚の無い   凡そ複雑骨折しているだろう足首の存在すら忘れた。
          だが、それよりも   今警戒すべきはこの女だ。
          花びらの中に潜む毒蛇に似ている…かなりの切れ者だ、との鋭敏な感覚が告げた。

          彼女はカテリーナの揺れる金髪を眼で追いつつ、緩慢に言葉を紡ぐ。


          「………何処まで知っているの」
          「貴女が予想し得る限りの全てを」


          彼女にそんな文句を吐かせたのは、無論彼女の身柄が現状に至る理由。
          たかが小さな北国の無名学者の一家にこれだけの動きを見せる程、教皇庁は暇では無い筈だ。

             だが、例えば、である。

          ありふれた一家が、貴重な何かを所有していたとしたら。隠していたとしたら。





          つうとこめかみを流れた汗が、傷口に沁みて痛んだ。

          しかしその様な事を気に掛けられぬ程、を襲う動揺は激しかった。
          再び震え始めた膝を無理に立たせ、息を呑む。

          この女は、私の事を全て知っている。
          知っている上で、この様に婉曲した答えを返すのだ。


          「…貴女が自分で言えないのなら、言わせて頂きます」


          未だ両腕は恐ろしい程の力で拘束され、身動きは侭成らない。
          下手に動けば、この無気味な男に両腕も圧し折られるだろう。

          何時の間にか、喉はからからに渇いていた。


          「、聖暦6××年生。出身は北部諸侯国群…。父、母共に生物学の先駆者   


             止めて。

          の脳内に声が木霊す。
          間違う事無く、それは彼女自身の声だった。


          「彼らは極秘裏に溶血性連鎖球菌”バチルス・クドラク”遺伝子改良研究を実施…其の後は不明。但し   


          もう立って居られなかった。

          が崩れる様に座り込めば、小柄な神父は呆気なく掴んでいた腕を解放する。
          しかし彼女は注意の注意はそんな事にすら向けられない。

          彼女の瞳に映ったのは何だったのか。

          ”鉄の女”は絶望に満ちた其の表情を見据え、尚も無慈悲な鉄槌を下した。










          「   記録資料によれば、改良されたバチルスは、貴女の体内に全て投与・保持されています」










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