Please give not the arm smeared with blood but an arm gentle to.










          ぱたりと少女が床に伏した。
          トレスが少女の顔を覗き込めば、其の白磁の頬に微かな涙の後が確認出来る。
          そして小柄な体の何処にそんな力があるのかと思う程、神父は軽々とした動作で彼女を抱き上げ.た。
          抱き上げた拍子に、さらりと真っ直ぐなの髪が零れる。
          感情を持たない機械化歩兵は無感動に其れを眺めると、床に転がる二つの死体を同じ様に眺めた。

          を保護する任務は完遂した。
          建物も殆ど破損する事無く、被害は予想していたより下回る。


          「トレスくーん!大丈夫でしたかー?」


          ひいひいと息を切らせながらの声に、トレスは背後へと振り向いた。
          間髪を入れて、厭にのっぽの影が扉の向こうに現れる。


          「…肯定。任務は完遂した」


          何も知らない人間が聞いたなら、北欧の寒さで凍らされた金属が口を利いたかと錯覚しそうな声だった。
          しかし、無愛想な必要性を最低限に抑えた返事にも銀髪の神父はへらへらと笑い掛け、そして泣き付く。


          「酷いじゃないですかぁー、思いっきり私を捨て駒にしてくれるものだからもうボロボロですよ…」
          「否定。先刻俺が卿に言った通り、あの事態は予測された物であり且つ卿が処理するべき物だった」
          「いやいや、同僚の手助けをするのは当然で…」


          瞬間、それまで情けなかったアベルの表情が強張った物になる。
          トレスの背後に転がる二つの死体   それが、原因だった。
          先程とは打って変わった静かな声と面持ちで、相対する機械化歩兵に問い掛ける。


          「………殺したんですね」
          「肯定。彼等は任務を阻害しようとした、よって射殺した」
          「許可は…出てたんですか?」
          「肯定。前言の内容はミラノ公の許可基準を満たしていた為に行われた」
          「      そう、ですか」
          「もし俺が殺さずとも、彼等はいずれ聖天使城サンタンジェロの地下牢で獄死しただろう」


          何の事は無い。

          派遣執行官は任務の為に吸血鬼ヴァンパイアを、   人を殺す事もほぼ当たり前だ。
          それは当然アベルにも言える事であって、気に掛けても其れは意味の無い事だった。

          しかし、この時ばかりは銀髪の神父は床に転がる死体と『保護』されたトレスの腕の中の少女を見比べていた。
          陶器より白くなり、寧ろ血の気が感じられぬ少女   の顔を何かを湛えた湖面色の瞳に映す。

          やがて、緩慢とアベルは重い口を開いた。


          「トレス君、先に”アイアンメイデン”に引き上げておいて下さい。私が、事後処理をしますから」
          「了解したポジティヴ


          短く応答すると、時計が秒針を刻むよりも正確な歩調で、殺人人形は歩み去る。
          其の後姿が壊れたドアの向こうに消えるのを見送ってから、神父は数歩前進した。

          冷え切った、赤黒い飛沫が散った白い床に膝を突き、右手でロザリオを握る。
          瞳孔の開き切った、虚ろに開いた二対の眼を左手で静かに伏せた。

          乾いた唇を湿して、死者への言葉を紡ぐ為に開く。










          「願わくは、主が此の二つの魂に永遠の安らぎを与えん事を      エィメン」










          静かな祈りが、部屋に響いた。









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