頬に散った何かが、両親の血だと気付くのに時間は掛からなかった。
確かに一瞬前には其処に立っていた筈の身体は、今は物言わぬ骸と化している。
冷たく重い二つの遺骸を抱いて、少女は秀麗な顔を歪ませ呪詛を吐いた。
「…よくも…よくもッ…!!!…ヴァチカンの犬め…!!!」
少女を彩る、華の様な血飛沫が哀しかった。
Of what am I deprived more than this?
二つの月の光だけが、折り重なって差し込む暗い部屋。
たった今、二人の人間の命を絶った僧衣カソックの男は無表情のまま一歩前進した。
両手には、少女が今までに見た全ての銃よりも大きな其れを一丁ずつ携えている。
下ろされた銃口からは、まだ硝煙が細く立ち昇っていた。
男が間合いを詰めた事に少女は肩を震わせたが、すぐに男を射殺さんばかりに睨みつける。
お前が憎い。何故、殺した。と。彼女の雄弁な瞳はそう語っていた。
ずっしりと重い二つの身体を男から隠す様に抱きしめ、少女はありったけの憎しみを篭めた声を叩き付ける。
「何が…何が教皇庁ヴァチカンよ!!!人の命を奪っておいて、平然としてるだなんて…!!!」
「………………」
男は答えない。
其れが更に彼女の恐怖と激昂を煽った。
「人を殺す事が、神の教えを説く事より大事か!それでも人!?お前は人じゃないわ、悪魔よ!!!」
叫んだ瞬間につうと彼女の頬を伝った涙、そして震えた声。
怒りと恐怖が綯交ぜになった表情を浮かべ、歯の根はまともに合わず神経質な音を立てている。
だが、皮肉な事に其の姿は彼女の年齢に相応したものであった。
再び、単調な動きで男が歩を進める。
そしてもう一歩。また、一歩。
今度は立ち止まる事無く、確実に少女との間隔を詰めて行く。
何も変わらない男の顔、其の動き。
鉄よりも鉛よりも重い、人間だった、生きていた物。
鼻腔と口から僅かな血を零し、苦悶なのか悦びなのか分からない其の表情。
既に人としての原型をほぼ留めていない其の身体。
全てが、狂気への誘引剤だった。
「…来ないで…来ないで…っ…!!!」
沈黙と極度の緊張に、最早彼女の精神は限界だった。
張り詰めて張り詰めて、ともすれば切れてしまいかねない何かが其処に確かに在った。
もう歯の根どころか四肢さえ酷く震えている。
無意識であろうか、酷く力の入った指が遺体の衣服に皺を寄せた。
睨みつける事も出来なくなり、遂には眼を閉じた。
「 ”人ではない”、肯定ポジティヴ。俺は人ではない、機械マシーンだ」
「………!?」
「 目標人物を・本人と確認」
唐突に、そして初めて男が口を開いた。
冷たく無機的な声が沈黙を壊す。
涙に濡れた眼を見開いた少女 ・は男の言った事が理解出来なかった。
突然に現れ両親を殺し、訳の分からない発言を続ける僧衣の男に恐怖も怒りさえも忘れ、困惑の視線を向ける。
今、この男は何と言った?
自分の事を人間ではなく『機械』と言わなかったか?
そして何故、自分の事を知っているのだ?
「俺は教皇庁国務省特別分室、派遣執行官HC−V]ハー・ケー・トレス・イクス、コード”ガンスリンガー”だ」
「…は…はけ…ん…しっこう…?」
「ミラノ公の命により、これより卿の身柄を保護する」
一瞬も言い淀む事無く、男 トレス・イクスは淡々と自己紹介及び用件を述べた。
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