077:贖罪
「何故黙っていたの」
波一つ立たぬ湖畔の様な声が問うた。
だが、その水面下には計り知れない様々な感情が蠢いている。
其れ等が決して爪の先程にも喜ばしい感情で無い事は、挙動不審に陥った白い拳が語っていた。
柔らかな光が降り注ぐ部屋、寝台に身を起こした女枢機卿は剃刀色の瞳で眼前の少女を見遣る。
しかし、其の眼差しがやや精彩を欠いている様に思えるのは気の所為だろうか?
「…誰が教えたのです」
「教えられたのではないわ、無理強いに聞き出したの」
カテリーナの冷ややかな声にも全く臆した様子を見せない。
純白の尼僧服に身を包んだ其の姿は、天使光臨を錯覚させる程に美しい。
真紅を纏わぬ麗人は、ガウンの襟を直しながら細い溜息を零した。
この事を知る者は自分を含めて三人、残る二人は主治医と彼女の鋼鉄の猟犬。
…粗方、普段は自分に絶対服従を誓いながらも、彼女と心を通わせる機械化歩兵が根負けしたのだろう。
「”ガンスリンガー”ですか」
「分かっているのなら一々口にしないで頂戴、不愉快だわ」
「…そうして私の病名を聞き出して、何になると言うの」
緩やかな曲線を描く金髪に指先でそっと触れ、カテリーナは少女の視線を受け止める。
入室した時から寝台よりやや離れた場所に立ち、真っ向から彼女を見据えるは口を噤んだ。
だが其れも束の間、怒りを孕んだ舌鋒が麗人に向けられる。
「 膠原病ですって?巫山戯ないで」
言葉とは裏腹に、血の気が失せた白い面が少女の動揺の程を雄弁に物語っていた。
今は亡き彼女の両親は生物学者、が医学について疎遠で有る筈も無い。
只でさえ病弱なカテリーナの年齢で、膠原病に蝕まれていると言う事実が少女の心を激しく揺さぶっていた。
それでも尚、些かも動じた様子を見せない枢機卿に蒼褪めた尼僧は重い口を開く。
「…許さないわ」
「許すも何も、私はいずれ死ぬのです そう、遠くない先に」
「死ぬと言われて私が納得出来ると思っているなら、貴女は愚かよ」
全てを受け入れ、諦めたかの様にカテリーナは呟いた。
俯いた美貌からは、何人たりとも彼女の真意を一掬いも読めはしない。
それでも、少女は恐れもせず枢機卿へと更に詰め寄った。
「あれだけ私から奪っておいて 自分だけさっさと死に急ぐつもり」
「私が本意で死に逝くとでも思っているのですか?」
「不本意と…そう言いたいの?」
の問いに、麗人は只其の剃刀色の瞳を伏せるのみ。
初めて会った時と同じ、苛立ちを募らせた眼差しで少女は相手を睨めつけた。
己の犯した数多の罪も償わず、一人安楽な死に抱かれるつもりなのか、と。
だがその激情の視線も”鉄の女”には何の影響も及ぼす事は叶わなかった。
「…好きな様に解釈して結構です」
「 何時もそうして、私に本音を話してはくれないのね」
「………………」
「最低だわ」
自分だけ 自分だけが何時も蚊帳の外。
疎外感等と言うつまらない感情は持ち合わせていない筈なのに、何故か心に穴が開いている。
気がつけば、素直な怒りが己の唇から零れた事には驚いていた。
こんなにも他人に縋りたくなる感情、それが自分の中に存在していたなんて。
身体を戦慄かせ、その場に立ち尽くして嗚咽を洩らす尼僧を麗人は哀しげに見つめていた。
己の眼差しに気付く事無く、少女もまたそれに気付く事無く。
やがて涙の隙間から、少女は静かな悲鳴を上げた。
「厭よ 死なないで」
「 もう、私を置いて逝かないで」
END

まだROM全巻読んでない人、ネタバレすいません…。
ヒロインとトレスの関係の進展とか素っ飛ばし過ぎですほんとごめんなさい。
………でも書きたかったんです熱に浮かされたんです…!!!(物陰)
次はディートリッヒとか書くかもしれません。R指定物で(駄目です)