本文へジャンプ

目次へ戻る
前のページ
次のページ

第二章 社会民度の低下 第四節 「現代文化の落とし穴」

 数多くのご相談を受けて色々な話が出てきます。
 様々な人の色々な話を聞いてみて思うのは、自由になる時間があるとたいてい娯楽を求める場合が多くあるようです。
 また子供たちの多くの自由な時間のすごし方も、やはり娯楽に時間を費やしているようです。
現代文化・・・文化(漢文的な意味ではなく現代的な意味の)的な生活とは娯楽を求めることなのかと勘違いしてしまう位に多いのが、数多くの人の話を聞いた感想です。
 娯楽が悪いといっているのではないのですよ。
 でもこの文章に目が留まるくらいの心ある皆さんなら、現代日本人の時間の使い方に疑問を感じませんか?。それに娯楽といえば買ってくる物か、お金を出して楽しむ物しか面白くないという感じを持っていないでしょうか?。
これも心ある方ならば疑問に思うはずです。
人を遊ばせて誰が利益を得るのでしょうか?
娯楽にお金がつき物という常識じみた勘違いは誰が作っていった物でしょうか?
 慧眼の貴方ならば予想はつくはずです。
 現代社会においてマスコミ関係はずいぶん社会的に力を持っています。これは商業的思想が蔓延しているからであり、自己の精神性の充実から目を離れさせ、楽しいことや遊ぶことがいかにも何よりも大事であると大衆を思わせ、定期的に新しい娯楽を登場させ、その商品なり娯楽を手にすることで幸福感が得られるような勘違いをさせることが広告の真髄であるのです。
一度の嘘はたいていの人は嘘とわかることでしょう。しかしずっと言い続けられた嘘は、ウソとだれがわかるのでしょうか?。もはや多数の人との認識の違いを覚悟できる、それを乗り越えて真実を見る人のみとなってしまう。
現代の思想的な潮流は、自分が楽しめていればよい様なそんな考えを持った人がとても多く退廃的である。このままでは大衆文化などといっている場合ではなく、他者とまともに意思の疎通のできない人間ばかりの社会となってしまう。
このような楽ばかり追っていく人間は自己の能力を磨かない結果、何もできない無能者となっていく。無能者となった末に助けを求めても、困難が直面したときに慌てても時すでに遅し。
人は生きているからには、時間の支配から逃れることはできない。
故に生老病死の苦しみから逃れることはできないのが真理であり、その理を無視して生きるのは、いずれの日にか無理のしわ寄せが眼前にあらわれる。
娯楽の湖から出なくてはならない怠惰のしわ寄せが、目の前に来たときに慌てるのは正しく愚者である。
しかるに多くの人が現代文化の落とし穴に嵌っている現実を知る者には笑えない真実でもある。
和源教室の生徒には、テレビは決めた番組だけにすることを勧め、ゲームや娯楽の時間を、できるだけ意味ある本を読書するように指導している。
大衆と同じく精神的な奈落へ落ちまいとするならば、精神的な磨きを自らに課すが良い。