神官や生徒の広場のページ
平成23年の和源ひろば

親子お稽古体験談より
我が家には三人の子供がいます。
どの子もとても個性溢れる素晴らしい子供達ですがそれを打ち消したくなる程の自由奔放さも兼ね備えています。
主人は多忙な人で育児は私の肩にかかっていますが我が家はとても忙しい家で私1人での育児は毎日の忙しさに流される様に過ぎて行きます。
そんな中、和源でのお稽古に参加する様になると子供達が生活に目的を持つ様になりました。自分達がやるべき事を理解し、又それを毎日続ける努力をする様になると家の中も活気が出てきて一つの方向に向かって頑張っていく空気が生まれています。
始まりは一人でできないと痛感しました。
和源のお稽古は厳しい日もありますが子供たちのためになっていると思います。

「巫女さん豆知識」 神官見習
ここでは、巫女さんが教えてくれる日々の豆知識を紹介させて頂きます。
今回の豆知識は、『なぜ、苦しくて辛い姿勢を「正座」としたの?』です。
日本では、膝を折ったその上にお尻を乗せる姿勢を和室での正しい座り方という意味で「正座」とよんでいます。
しかしこの座り方は、慣れていないと足がしびれ、とても辛いです。なのになぜ、とても辛い座り方を昔の人は「正座」としたのでしょうか?
そんな無理な姿勢を正しい座り方として規定した背景には、日本古来の足に対する評価があったのです。
日本人は食べ物が傷みやすいことを「足が早い」といい、出費がかさみすぎると「足が出た」といいます。
また、犯人が証拠を残せば「足がつく」といい、もしその犯人が悪事をやめれば「足を洗った」と表現します。
このように、足はあまりよくない言い回しに使われることが多いのですがそれは、大地を踏みしめる足には悪霊がつきやすいと考えられていたからです。
足に悪霊がついているかもしれないとなれば、相手への礼儀として、足の裏を見せないように気をつかいます。
それが、古代において「あぐら」「たて膝」です。
当時は、女性が「あぐら」や「たて膝」をしても無作法とはならなかったのですが、室町時代頃に衣服がかわると身頃の幅が狭くなったため、「あぐら」や「たて膝」ができなくなってしまったのです。
こうして女性に「正座」が広まる一方で、男性の「正座」は茶の湯の普及とともに広まったとされています。
狭い茶室で「あぐら」をかくと、隣の人と膝がぶつかります。それを避けるには膝をひっこめて後に折るしかなかったの
です。
このように、段々と今の「正座」が広まっていったのです。私は、昔の人の「悪霊がついているかもしれない足を相手に見せないように座る」という教えは現代社会にはない、素晴らしいものだと思います。
【今の苦しくて辛い「正座」は悪霊がついているかもしれない足の裏を相手に見えないようにする座り方が、時代と環境をこえて変化したもの】これが、『なぜ、苦しくて辛い姿勢を「正座」としたの?』の答えです。
《参考文献》
日本のしきたりがよくわかる本 PHP研究所