和源のひろばのページ

平成22年の和源ひろば




「野球から剣道へ」 小学生神官見習

ぼくは、小学三年生の時から野球を習っていた。
五年生から大祝のすすめで剣道をはじめ、五年の夏に野球をやめることにした。両立は難しいと思ったからだ。
野球を止めようと決心した時、「せっかく今まで続けてきたのに、もったいないよ。」という意見もあった。
でもぼくの心は決まっていた。自分にとって何が大切なのかを考えると、野球を続けるより剣道から学ぶことの方が大きいと思ったのだ。
野球から学んだこともある。体力がつき、声がよく出るようにようになった。だが、疑問もあった。
体力をつけるための練習や、技術をあげるための練習は丁寧に教えていただいたが、精神の鍛錬は、その練習では養えるものではなかった。
剣道からは、礼儀正しさと、相手の気を読むという精心を学んでいる。剣道で強くなるためには、相手の気を読まなくてはならず、そうするためにはまず己を知ることが必要となる。
ぼくは自分とはどんな人間なのか考えるようになった。ぼくには忍耐力がない。無難にすませようとする姑息な所がある。これが弱点だ。この弱点を克服するために、大祝から知恵をいただきながら毎日自分から家事をするようにした。地道な作業を繰り返すことで大分成長したような気がする。
大祝や和源に出会い、助けていただいた。その期待に応えれよう、精進し、今度はぼくが和源を助けれるようになります。



「巫女さん豆知識」 倉敷市中学生神官見習
         
今回は、巫女さんが教えてくれる日々の豆知識を紹介させて頂きます。

今回の豆知識は、『赤いご飯のヒミツ』です。みなさんは『赤いご飯』と聞いて、何を思いうかべますか?きっとほとんどの人が「お赤飯」と答えるでしょう。
 しかしお赤飯には、その前があるのです。
 古事記にもあるように、日本は昔『みずほの国』と呼ばれていました
。みずみずしくて、さわやかな国。
 秋になると稲穂の垂れ下がる豊かな国という意味です。
 では、どうしてここまで豊かな国になったのでしょうか?
 昔、まだ日本が『みずほの国』と呼ばれていない頃、どこからか赤米という、赤いお米が伝えられました。
 古代人はその赤米を何とかして日本に根付かせようと一生懸命働きました。
 そのおかげで赤米が日本の風土に根付き、見事な『みずほの国』が誕生したのです。
 ところが、生産力の高い白米が入ってくると、生産力の低い赤米は段々作られなくなってしまいました。
 しかし、日本人は大変義理がたい。日本にくまなく稲作文化を拡げて
 くれた、古代のご先祖さまへの感謝の気持ちを忘れなかったのです。
 赤米を作られることが少なくなった今でも、お正月や秋祭りなどの行事が
 ある日には、ちゃんとお赤飯を用意して、御先祖さまにお供えをしています。
 赤米を食べることが少なくなった今、みなさんは赤米の代わりに、お赤飯を作って食べているわけです。
 また、お赤飯をご先祖さまにお供えする時は日本に稲作文化を拡げてくれたことへの感謝の気持ちを忘れな
いようにしましょう。
 私たちは古代の御先祖さまのおかげで今の生活ができているのです。
【お赤飯のもとは赤米。その赤米とは、古代の御先祖さまが拡げてくれたお米の始まり。】
 これが、『赤いご飯のヒミツ』です。


『私の子育て@ 〜プロローグ』
      西山女史神官

私は子育てに自信があった。
きちんと叱り、よく褒める。悩みながらも、私なりに正しいと思う事をやってきた。中学二年の長女と二歳下の長男は、特に問題を起こすことも無く、周りからも「良い子ですね」と言われる事が多かった。
しかし、私は思い違いをしていた。
子どもたちはそれぞれ、私の気づかないところで問題をかかえていた。
子どもたちは私の手の内にいて、順調に育っているはずだった。我が子の事は全て理解しているはずだった。私は、自分と同じような顔をして、自分とよく似た性質を持っている子どもを、いつしか一人の人としてではなく、自分の付属物だと考えるようになっていたのだろう。
和源では、多くの事を実生活の体験の中で学ぶ。
親としてのあり方についても随分考えるきっかけをいただいた。
自分一人の考えには限界がある。これまでも、時には夫婦で話し合い、時には両親の知恵をもらいながら子育てをしてきた。だが、和源でいただいた子育ての考えは、私を含む一般人のそれとは、遥かにスケールが大きくて深い。私は「目から鱗がおちる」思いで、自分の子育てを思い返していった。
 全てが間違いだったわけではない。
しかし、あの時のまま、自分の子育てに何の疑問も抱かず突き進んでいたら、間違いなく私も子どもも壊れていただろう。そして、壊れた関係をごまかすように、仕事に明け暮れ、忙しいふりをし、自分たち親子の抱えている問題にふたをするのだ。現代はそんな親子が実に多い。
私が和源へご縁をいただいてから三年。このわずか三年の間にいろんな事があった。
子どもとは、まさに血の通った人と人とのぶつかり合いをしている。
そんな奮闘ぶりを、これからも聖和時報の中で皆さんにご紹介できたらと思う。
我が家族の、ほほえましくとも泥臭くぶつかり合う様をお見せするのは少々恥ずかしくもあるが…。
子育て真最中の方にとって、悩み解決のヒントになれば嬉しい。
また、子育ての経験のある先輩方にも、現代の子育ての問題を共に考えるきっかけにしていただきたい。
子どもは国の宝。未来の日本を担う子どもたちが、キラキラした目で大きく羽ばたけるように…。

倉敷市中学校二年女子神官見習い
「汚い空気」

 私はこの前家族で山の中に行ったとき、
今まで体験したことのない美味しいと思うほどの空気を吸う事ができました。
 そのときふと思ったのです。 
 それは「空気の環境」です。
 私たちの周りには、私たちが知らないうちに出す汚染された空気で、いっぱいになっているのだと、綺麗と感じる空気を胸いっぱいに取り入れたとき、生活の周りの空気がとてもとても汚いことに気がつきました。
 なぜこんなに空気が汚くなってしまったのでしょうか?。
 今から何十年、何百年前には今とは比べ物にならない位の綺麗な空気だったのではないかと思います。
 昔にはきれいな空気があった・・・今にいたる長い時間をかけて人間社会が汚くよごしていったと考えることができます。
 これはさまざまな処で環境問題は取り上げられており、今でも空気は汚れ続けています。
 これ以上汚く汚染させていけば、世界中にある大自然、珍しい動物、海や川などにも多大な被害が出て、地球がとんでもないことになってしまいます。
 私は人間の勝手な考えで、罪のない生き物たちが死んでしまうのだとしたら、今すぐにでも取り組んで変えて行く必要があると思います。
 しかし今の空気を元の状態に戻すためには大きな問題があります。
 それは「時間」と「人間の性質」です。
 何世代もかけて汚くしていった空気を元の状態に戻すには、とんでもない量の時間が必要です。
 さらに人間には「すぐに結果が出ないと持続できない」という性質があります。
 身近な例をあげれば電気の消し忘れ、水の出しっぱなし等「まあ大丈夫」等と大切なことを安易に考えてしまう。
 またやり続けて行かないといけないことなのに結果が出なかいからあきらめてやめてしまう。
 このような人間の弱さが改善できない問題として立ちはだかっているのではないか?。
 皆さんは自分には関係のないと感じていてさらに根気の要ることなんて「したくない」と誰もが思うでしょう。
 一人ひとりができる事って環境問題を前にしてはとても小さなこと・・・。
 しかし「空気の環境問題」には沢山の人の根気と努力が必要です。
 きっとこの問題に取り組むには自分一人にとって面倒くさい事をひたすら、やり続けなくてはなりません。
 書いている私でもできるかどうかわからないくらい無謀にも思えますが、小さな一人ひとりの努力と心がけが重要です。
 今気付いた私たちが無責任だと私たちの子孫が困ります。
 空気の汚染は私たちの食べ物も体に悪いものにして行っているとも言われています。
 もちろん土壌も汚染されていき作物のとれる量も減少するのでしょう。
いまここで一人ひとりの努力と根気が子孫だけでなく私たち自身の未来をも救うように思えます。
自分には小さな取り組みも、やがて取り組みの輪が大きくなることを祈っています。
空気の綺麗な環境を取り戻したい。そのように思います。

「すえぞう井原イズミ店長の回願録」

そのとき悩みの淵にあった。 解決できない不安。 先の見えない未来。家族に言えない心。男としてあり続けなければならないもの。それらすべてがのしかかっていた。
自然に不思議と神官にして和源陰陽師の先生の前に座っていた。この先生は以前から知ってはいた。いや何度か話をしたことがある。しかしその時は問題の話ではなく、おしゃべり程度。

不安があった。どうしようもない心の震え。 正直に状況を語った。
所属している会社とその契約仲間の不手際などが重なり「そこ」からの収益が大部分であった僕の会社は大打撃を受けた。もちろん僕にも落ち度があっただろう。
人のせいだけにしてはいけない。 それはわかっていながら、和源陰陽師の先生に語る僕の言葉は卑怯にも状況と契約仲間のことばかりが口から出てくる。

心の影を感じながら話を聞いてもらう。うなづきながら聞いてくださる陰陽師の先生。
未来を占ってもらえることとなった。何十本もの竹ヒゴのような物をジャラジャラ音をさせながら一つづつ占いの結果が出ててくる。
心臓の鼓動が高鳴り、声が上ずりするほどにバクバクしている。そうして出てきた占いが僕の今の運命を暗示した。
「新しい収入の柱を立てなさい。人を介してのものではなく自分の手で動けるもの。
吉数は8、青く広いものが見える。」と。 それを何度か頭の中で反芻していた。
上の空だったと思う。突然、声をかけられたような気がした。あと自分の行いも反省しなさい、気付いているはずですよ。と、いわれたとき僕の心の隅にあった心の影を見透かされていたことに驚きと、恥ずかしさがこみ上げてきた。
顔が真っ赤になったと思う。それから何回も足しげく通うようになった。

新しいことをするには先ず省みること、さび付いた感覚を鍛えなおしてもらうことだった。先生はおっしゃった、「新しいことをするのに古い心の殻を抱えたままではいけない。
完全でなくとも今までの自分を見ようとする事、経営者とは常に自分と状況を冷静に観察する人種である。」と。
新しい自分とは何か?。未来を生み出す決意をした。かたちにこだわるな、初心の勇気を。 人間、三十歳も半ばになると心や頭に錆が出てくるのかもしれない。

通う中で思ったことがある。
和源陰陽師の先生はいつも新しく感じる。不思議である。過去の自分の至らなさを思うようになった。
不安だけで自分から歩こうとしなかった自分を恥じた。恥じる自分がなぜか心地いい。
何年かぶりに心が軽くなっていく。新しい事に挑戦できそうな気持ちが体の奥からコンコンと湧き上がってくる感覚。勇気がわいてくる感じだ。
何かができるかもしれないと思い始めたとき、陰陽師のお弟子の一人の方から「たこ焼き」の話が出た。
僕はこれだと思った。理由は無い。 先生のおっしゃるとおり感覚でつかんだもの。こうして決意は固まった。
たこ焼きで再び歩こうと・・・何人もの人に味見をしてもらいながらより完成を目指していく。先生にお伺いをした。
たこ焼きを持って何度もお伺いした。味をみてもらった。そして一つづつ占ってもらった。何度もなんども何度も・・・僕はがんばった。味が落ち着いてきた。
何とかいけそうだ。 いける!と実感したころだったと思う。実は先生は蛸があまりお好みで無いらしいという事を弟子の人から聞いた。

この場を借りて言います。「先生すみませんでした。お好みも知らず、ごめんなさい。」まだまだエピソードはあるけれど、ひとまず「すえぞう」のきっかけのお話です。
未来が見えない人、僕の姿と「すえぞう」を食べて勇気を奮い起こしてください。皆さんの心の応援をします。