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「飛騨高山修行時代での体験」
突然あるひのこと「神道の祝詞を持ってある霊山へ来い」と頭の中に響きおどろいて、
わたくしは取るものも取らず指定されたものを持ち霊山へ駆けつけました。
その後ある飛騨のゆかしい神社に行ったとき不思議な出会いと体験をしました。
その出会いは今思い出しても不思議としか言いようがございません。
わたくしは祖父より家伝の神道を教り、母方にある神社の伝承もあわせて
伝承しています。それらの中には失伝しておりました秘伝も沢山あったと思います。
それと飛騨高山修行時代の後に、皇學館大学文学博士課程終了
(故)村野猛先生の教えも合わせて現在に至ります。
それら口伝えや書付で残っている伝承された以外の伝えがあります。
(これらに続く不思議体験を皆さんが信じる信じないはべつとして・・・)
頭の中に響いた指定の、そのゆかしい神社にお参りし祝詞を奏上し終わった後のことでした。
あるお爺さんが声をかけてこられました。
その顔には深いしわがあるようだが、肌つやはひじように良いことだけは覚えているが、そのおじいさんと別れた後はいつもしっかりと顔を覚えていないことに気付く。
そのおじいさんは唐突に私に言った「貴方の家に伝えられていたが失伝した物やわしから教える物をそなたに伝授しよう」といわれその突然に言い当てられたことに驚きを隠せない自分がありました。
何しろその当時は一介の修行者でありもちろん服装も普通の格好ですから
見分けることなぞできるはずも無いのだけれども・・・
声をかけられ言い当てられたことに戸惑いながらも、この道にはそういったことがあると聞いていたので腹をくくり教えを請うようになり度々その神社に通いました。
教えを請い色々なことを教えていただきました。
その中には時期がきたら思い出すから見ておくだけでよいというものもあり
実際必要になったときに思い出すという今でも不思議な思いにかられます。
それらは記憶領域のことなのでそういったこともあるでしょう。
しかし伝授の時間は相当にかかっているはずなのに終っても日は西に陰っているわけではありません。わたしは今でもあまり時計は持ち歩きません。
いつも通うのはお昼を食べての時間にしていました。
ですから感覚的にはすでに夕方か夜のはずなのですが太陽が中天に輝いているのです。
さすがに自分も疑問がわいてきます。
ある日、時計を持っていったのですが時計は修行のあとは狂ってしまっています。
修行が終わって帰って時計を見ると一時間過ぎていないくらいなのです。
その当時住んでいたところから、その神社まで十五分位で到着後祝詞を唱えます。
家から往復分の時間と祝詞の奏上する時間を差し引きしたら、
なんと十分〜十五分の内に修行が終わっている計算になるのです。
それと・・・
通うのは良いのですが次に来る日も指定されることは無く、
わたくしがその神社で拝礼を終えた頃にいつも来られるのです。
一度そのお爺さんに聞いたことがあります。
どちらにお住まいなのでしょうかと・・・
そういたしましたら「近くに住んどる」とだけ答えられました。
その日の帰りに近所の人、数人に聞いてみましたが
そんな人はいないとの答えばかりが返ってまいりました。
よくわからないながらもその当時は一生懸命ですからあまり気にはしなかったのです。
そうして・・・・
「教えることはすべて教えた、また会う日もあるだろう・・・」という言葉を残されて
その後その不思議なおじいさんと会えなくなりました。
あえなくても良いのです。だって教えは確実に私の中に宿っているのですから・・・
大切な血流として私の中に流れているもの。
もしふただび会えるとしてもずいぶん先のことなのだろうなとこの稿を書いている今
ふとよぎるのであります。
当時を思い出しながら・・・